長かった金沢生活もとうとうあと残すところ10時間そこらとなりました
今日は最後の金沢デーなのに、引っ越しやら何やらで1日バタバタしてて全然金沢満喫できなかった
しかも、今日は最後の金沢の夜なのに、何故か
来てて、今
からブログ書いてるし![]()
まあ、友人に渡す物置きに来たついでなんだけどね
でも、本当長いようであっという間の6年間だったな~
とくに、ここ2年は本当に早かった
正直、半年くらいの感じしかしないもん。
まあ、それだけ必死に駆け抜けた2年間だったってことなんだけどね。
あ~でも、本当あっという間だったなー
今まで、金沢が本当嫌で嫌で(特に天候
)、もう帰りたくって仕方なかったりもしたんだけど、いざ離れるとなると何か微妙~に切ない感じ
涙は出ないけど、心の中がちょっぴりシクシク痛む。
嫌い嫌い言い続けてきた土地に、まさかこんなノスタルジーを感じるなんて全く思わなかったなぁ。
まあ、嫌い嫌いも好きのうちって言うように、なんだかんだで、いつの間にか第二の故郷みたいになってたんだろーなー
まあ、でも金沢もだけど、多分こんなにノスタルジーを感じさせてるのは
なんだと思う。
大学がすごく楽しかったかって言うと決してそうとは言えない。でもね、すっごーく辛かったし大変だったけど、自分にとってすごく意味のある学生生活だったんだと思う。
正直、楽しいことよりも辛いことの方が多かった。特に人間関係。
もうね、これは本当に参った
別に、いじめられてたとかいじめてたとかじゃないし、友達だってたくさんいたけど、この「人間関係」は金沢に来て1番応えたし、ある意味すごく勉強になったことだったな
みんなすごく優しい良い子が多かったんだけど、なんて言うか、どんなに仲良くなっても、自分の本当の気持ちは絶対にさらけ出さないのね。言い方は悪いけど、上っ面のつきあいしかしない子が多かったんだよね。
もちろん、全て本音を言うのが良いことだとは思ってないし、全ての人に腹の中を見せる人なんていないのは当然だけど、何か、度を超して内向的で閉鎖的な子が多かったんだよね・・・
お互い「親友」って呼べる位仲良く付き合ってる子でも、絶対に本音は言わないし。人との距離の取り方もへたくそな子が多かったな
地域が違うんだから、今まで生きてきた環境と比べても何の意味もないのは分かってるんだけど、今まで私の周りにいた子って、すごく人間関係の築き方が上手い子が多かったから、最初こっち来てすごく戸惑ったし、「何で!?」って思って、訳分からなくてすごく孤独感じてたなー
あと、これ以上に応えたのが、周りの子の「非常識」な所
もちろん、すごく良い子もいたし、「非常識」ってひとくくりにするのは失礼なんだけど、物の見方や人との付き合い方とかが、なんというか常識がなかったり、歪んでた子がすごく多かったんだよね![]()
最初は、あまりの非常識さに、言える範囲で逐一「いやいや、それは違うっしょ」とか色々言ったりもしたんだけど、全く通じないんだよね。まあ、だから「非常識」なんだけどね・・・
それに、何より本当に参ったのが、親しい友人にさえ、この「非常識」ってことが通じなかったことかな。
あまりの「非常識」さに辟易して、最初は親しい子に愚痴ったりもしてたんだけど、「そんなに変なことじゃなくない?」とか、「気にしすぎだよ」とか言われてね・・・
だから、こっち来て最初の数年は、「自分の考えや行動が全ておかしいのかな?」とか本気で悩んだりもしたもん。でも、違う方面の友人に相談して「山椒の友人等がちょっと変わってるわ(親しい子含む)」とのお言葉をちょうだいしてからは、やっと少しだけ気持ちが楽になったんだよね。まあ、それでも大変は大変だったけど・・・
でも、こういう色々な人達に出会ったからこそ、「関わらない」「口出さない」「受け流す」「耐える」というスキルを身につけることができたんだよね。いや、もう本当、めっちゃ大変でしたが、この「受け流す」「耐える」という2つのスキルはすっごーく実践で役に立ちましたよ。そう、教授との関係でね
まあ、というか、この「受け流す」「耐える」の2つのスキルは教授に鍛えられたようなものですけどね。理不尽な仕打ちで。
でも、こういう辛い体験をしたからこそ、山椒ちょっとだけ、大人になれたんだと思います。もちろん、山椒の「大人」なんて、まだまだひよっこですけど
自分で言うのも何だけど、数年前の自分は本当に子供だったと思いますもん。まあ、それでも周りの子に比べると精神年齢は高いとは言われてたんですけどね。
まあ、そんなこんなで、大学来て人間関係は超~大変だったので、思い出深いっちゃ深いけど、良い思い出ではないんですよね(苦笑)
だから、今日のノスタルジーは、「友人」でもなければ、「金沢」でもなく、多分、自分が今までやって来た、6年間の「金沢での思い出」に対してなんだと思います。
んで、生活の中心が大学であったこともあるし、何より自分にとって金沢での1番の思い出が勉強であったこともあり、おそらく最後の日なのに、何故か
なんかに来ちゃってるんだと思います(笑)
山椒は、いわゆる「優等生」ではないんで、今まで適当にやってきたんですけど、金沢での生活は、本当人生で1番勉強に勤しんだし、勉強することの喜びを1番感じられた日々でした。
専攻分野的に、どんなに頑張っても結果が出ないことも多々有、また、自分の内面の闇とか人生観とかと正面切って向き合わなければならない分野だったりしたんで、正直かなり精神的に応えたりもしたんですけど、好きなことを好きなだけ勉強できるって言うのがこんなに幸せなことなんだって気付かされたのも、この分野を専攻したからなんだと思います。勉強嫌いの山椒がまさか勉強を楽しいと思える日が来るなんて思ってもみなかった(笑)
勉強に始まり勉強に終わるって感じで、学生の本分を全うした生活だったからね!![]()
修論を書き上げてみて、時間切れだったこともあり、正直納得いってない所もかなりあるんですが、「納得いかない!」って思えたのも、必死に頑張ったからなんだろーなと思います。
修士入って今の仕事に就くことを決めた時は、「修士で私の研究人生は一区切り」と自分で納得したりもしたんですが、修論書き上げてみて、やっぱり「研究」は捨てられないと思いました。
生きるためには働かなきゃだし、自分で選んだ道だから、とりあえず今の仕事には必死で取り組もうと思うけど、多分また研究をするために、いつか大学に戻ると思います。まあ、それが仕事に繋がるかは分からないし、いつの日になるかは分からないけど、でも、「修論で納得行かない」って思えたのは、やっぱり「研究」を好きで、続けたい気持ちがどこかにあったからなんだと思います。
すごく辛かったけど、こういう色々なことに気づけたのは本当、すごく良かったと思います。
金沢での6年間は本当、自分にとってすごく意味のある時間でした。
ありがとう金沢
また来る日まで


押さえてもらったし
とカナダ
ですわ
笑

」「死ぬほど忙しかった
。ちゃんと、突っ込むところは突っ込まれたし、新たな視点とか教えてもらったり、「今の段階よりも、もう一つ上の段階まで行って欲しかった」みたいなことも言われたし。でもね、その指摘とかツッコミは、全部が全部、ちゃんと私の努力や研究を認めた上で、更に伸ばしてやろうとして言ってくれたことなんだよね。
ありましたが、やっぱり私にとっては、「先生」なんだなーと思いましたね。
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