三、熊谷陣屋

幸四郎さんの直実。
義経の命に忠実で、敦盛の替わりに我が子、小次郎を犠牲にせざるを得なかった。
敦盛は、後白河院と、恩人である藤の方の子であるので。
10月の寺子屋に続いて、悲しい首実検のお話でした。




藤の方(高麗蔵さん)と、相模(魁春さん)。
二人の母。
藤の方は、相模の恩人ですが、始めは立場が逆です。
敦盛が討ち取られたと聞いて、悲しむ藤の方。慰める相模。

我が子を失ったら、落ち着いてなどいられるわけがなく、敵の直実に懐剣を抜いて斬りかかりたくもなります。

我が子のため、焼香する藤の方のお世話をする相模は、落ち着いています。
直実が義経に差し出した首を見るまでは。

ここからは、相模が我が子を失った母親の立場になります。

首が小次郎とわかると、相模は懐紙を加えて嘆き、自分の裲襠をかけて抱いたりと、義経に悟られないように、抑えて悲しみを表していました。表向きは敦盛の首として扱わなくてはなりませんが、お別れはたっぷりとできたように思います。直実と義経の情が感じられました。

「義経が心を察し、よくも斬ったり。敦盛が首に相違ない。」
義経は、首が敦盛ではなければ良い肚なので、首実検は無事に済みました。


藤の方には、怒りをぶつける相手があったけれど、相模の悲しみはどこへもぶつけようがありません。
我が子が身替わりとなった。お役にたったは因縁かや。と、耐えるしかない。

魁春さんの相模の抑えた表現と、高麗蔵さんの藤の方の懐剣を手にするほどの心情。今月の舞台では、二人の母の対比が強く印象的でした。



弥陀六は、老いてはいますが、きりりとした表情で、ただの石屋ではなく、平家の武将らしい勇者の面影がありました。
頼朝、義経を助けたばっかりに平家が落ちぶれてしまった、と嘆いていますが、敦盛を救った義経の窮地を救います。
鎧櫃に隠された敦盛を背負って、「これでちょっとは虫が収まった」
ひとかどの武将らしくしっかりとしたお姿でした。
左團次さんの弥陀六、良かったです。


義経の菊五郎さんは、高めのお声で、貫禄がありました。大きいお役なのですが、、、
恩義ある御方の子を助ければ、一武将の子一人を犠牲にしても良いのか?
首実検のお話を観るといつも疑問に思うところです。

僧の姿になった直実に対して、義経が、
父義時や母常盤の供養も頼む。けんごに暮らせよ~とかける言葉も虚しく聞こえます。

有為転変の世の中じゃなあ、、、、



直実の苦悩は、義経方の武士としてもですが、一人の父親としての悲しみが大きくて、出家するしかない、戦乱の世に生きた運命なのだなぁと思いました。

我が子を斬ったことは正なのか?直実は出家して自問していくのでしょう。

十六年は一昔、ああ、夢だ。