@国立文楽劇場 名作劇場

平家女護島は、1719年初演の五段構成の時代浄瑠璃。
〈鬼界が島の段〉 は二段目にあたります。
翌年には歌舞伎化されました。

歌舞伎では、「俊寛」の通称でお馴染みの演目です。


千歳大夫さん

舞台は浜で、下手に岩山がありますが、俊寛の粗末な庵はありません。

もとよりもこの島は、鬼界が島と聞くなれば、鬼ある所にて、今生よりの冥途なり。

浄瑠璃の始めは大夫さんと太鼓の波音だけで、途中から三味線が加わります。
第一部の親子劇場の楽しかった時間から、鬼界が島へと切り替わります。物語の導入部分が、千歳大夫さんの聴かせどころと思いました。

上手より俊寛がよろ、よろ、よろよろと歩いてきます。
平判官康頼は、花道は無いので、下手の険しい岩の上から下りてきます。
丹波少将成経は、別に下手から登場します。
三人とも弱っている感じです。
衣装は歌舞伎で見覚えのある着物でした。

再会を喜びあい、この島には三人ではなく四人になりましたよと、俊寛に報告します。

丹波少将が千鳥を妻に迎えました。その馴れ初めを話します。海の物を取り混ぜて、千鳥に惚れましたの話は、ちょっと詳しすぎて赤面してしまいそうです。これも文楽の面白さです。歌舞伎の ’俊寛’ では、こんなに詳しく話していないような気がするのですが、今度上演されることがあれば、じっくり義太夫を聴いてみたいと思います。

少将と千鳥が、島の山水を酒の代わりに、三三九度の盃をかわします。
俊寛の、祝いの踊りはありませんでした。

早速、赦免船が来ました。
瀬尾太郎と丹左衛門は一緒に船から下りてきます。
瀬尾が清盛からの赦免状を読み上げます。
俊寛が、同じ罪なのに自分の名が無いのはおかしいと悲しんでいるところ、丹左衛門が「小松殿の仁心、骨髄に知らせんため暫くは控へたり」備前の国まで帰参すべきの条を読み上げました。

千鳥も船に乗せようとしますが、瀬尾が許さず、千鳥が嘆き悲しみます。
「鬼界が島に鬼はなく鬼は都にありけるぞや」
千鳥の人形遣いは蓑助さん。
千鳥がうつ伏して泣いている時には、蓑助さんはしゃがんで手摺から見えないようにしています。また、浄瑠璃に合わせて動くところで、右手を人形から外して、形をキメたりして、千鳥の人形が美しく見えました。


俊寛は千鳥を船に乗せるために、瀬尾を斬り、科を重ねて島に残ることを決心しました。清盛のために妻が命を落としてしまい、都には何の楽しみもない。

「俊寛が乗るは弘誓の船、浮世の船には望みなし」
自分の代わりに千鳥を船に乗せ、「未来で~」と船は出て行きました。

思い切っても凡夫心、
俊寛は船を追いますが、船は遠くなっていき、岩が回って、舞台中央に移動してきます。
俊寛は岩に登って、松につかまり立ち、遠くなる船をじっと見ていました。

俊寛は、玉女さんでした。
気持ちの強い、誇りのある俊寛だと思いました。