都電に乗って、早稲田大学へ。

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坪内博士記念演劇博物館
早稲田大学芸術文化功労者顕彰記念 
松本幸四郎展  This is my quest.


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始めに目に入ってきたのは

2010年、第4次歌舞伎座閉場にあたって詠んだ句
「わざをぎの 名残りの舞や 老楓」


1981年、高麗屋三代襲名披露興行に際して配られた、かりんとうの箱(缶)
襲名披露狂言、勧進帳の弁慶や、助六がプリントされているそうです。


’勧進帳’の弁慶の衣装、七代目が着用したもの。

巻物、

数珠「為幸四郎丈 贈東大寺定海 昭和五十九年一月一日」白檀製

金剛杖。七代目、八代目、九代目が使用したものが並べられていましたが、長さが違います。一番長かったのは七代目さんがお使いになったもののようです。

中啓は、当代幸四郎さんの勧進帳1000回東大寺記念公演の時に使用したものと、七代目幸四郎が九代目團十郎から贈られたものが展示されていました。


’馬盥の光秀’の短冊3枚
「時は今 天が下知る 皐月哉」
初代吉右衛門、その娘正子さん筆のお手本、そして当代幸四郎丈が舞台で書いた自筆の短冊。
舞台で、実際にその通りの句を書かれているのですね。
達筆でありました。


高麗屋三代の襲名披露の配り扇子
これは開かれていませんでした。


蝙蝠の絵の中啓
先月の歌舞伎座で上演されたばかりの’素襖落’の中啓です。



大歌舞伎のポスター
昭和22年6月の三越劇場、昭和23年9月の新橋演舞場、
昭和53年11月歌舞伎座


幸四郎丈と吉右衛門丈が東宝に在籍していた頃の〈木の芽会〉のポスター
昭和44年7月芸術座
昭和30年代後半から40年代頃、お二人で勉強会をされていたことは初めて知りました。

今では歌舞伎の公演は多くの劇場で行われていますが、若手の頃にこのような公演を行って、ご苦労されながらお勉強をされていた時代があったのだなと思いました。



’ラ・マンチャの男’の衣装も展示されていました。
私が観劇したのは相手役が上月晃さんの頃でしたから、もう20~30年も前になりました。(信じられません。)まだ、あまり理解できなかったことを覚えています。

ラ・マンチャの男1200回公演の折に、脚本家の未亡人からトニー賞のトロフィーを譲り受けられたことはまだ記憶に新しいところです。


大河ドラマ「黄金の日日」(昭和53年)「山河燃ゆ」(昭和59年)の台本が展示されていました。

黄金の日日の最後の台本に、
昭53 黄金の日日 助左を勤め上げて
「さわやかな汗の助左と花添えて」
昭和53年十一月六日黄金の日日終っての日(ほんとにおわり?)
と書かれていました。


歌舞伎のほかにも、ミュージカル、シェークスピアなどの古典劇、現代劇、テレビドラマ、映画などの映像でもご活躍の幸四郎丈。

多彩なご活躍の幸四郎丈、多方面への挑戦、ご努力の積み重ねがあって、現在の舞台でお姿を拝見させていただけるのですね。

現染五郎丈も、その精神を引き継いで、歌舞伎を基に多方面でご活躍されています。
高麗屋さんにまた新たな歴史が刻まれていくのだなと、楽しみになりました。
そして、金太郎くんへも。


展示室内には、モニターがあり、「勧進帳」が上映されていました。
2007年10月28日、大隈記念講堂125周年の大講堂での公演の映像です。
弁慶はもちろん幸四郎丈、富樫は染五郎丈、義経は高麗蔵丈でした。
私が入室したのは、山伏問答のところからでした。
映像は82分でしたので、じっくりと観ることはできませんでしたが、勧進帳を聞きながら、ゆっくり見学をさせていただきました。