明和四年(1767)12月、大坂・豊竹此吉座初演
作  菅専助  (摂州合邦辻を著した作者です)

近松半二作の「新版歌祭文」安永九年(1780)と共に
お染久松物の代表作となりました。


〈油店の段〉

油屋のお染は、丁稚久松と恋仲。
お染は、山家屋清兵衛への嫁入りが決まっています。
番頭善六は、お染に横恋慕しています。

番頭の衣装はお決まりの茶色。
大体、お店とお嬢さん諸とも狙っているというのが
相場と決まっています。
欲深くて格好悪い。

番頭善六は、勘十郎さん。
見せ場が多い、道化のお役ですので楽しいです。

自分が丁稚の頃は、お染が小さい時はシイコイコイコイシイ、
とやってやった。と。
恩着せがましいわ、、と思って観ていたら、
下女のりんが、お前が丁稚の時分には、シイコイコイコイシイ、
と、おうむで返してくれました(^o^)

お染の兄、多三郎は、遊女のおいとに入れあげています。
他の客がおいとを請け出すというので、
自分が身請けをするために、
源右衛門に定家の色紙を借りて質入れして、
三百両を借り入れていました。
そのうちの百両は、源右衛門に貸していました。
色紙を返す期限は今日。
返さないと、おいとを源右衛門に渡さなくてはなりません。
おいとは戸棚に隠されました。

百両の証文は白紙でした(o_o)
源右衛門に百両貸した証拠が無くなってしまいました。

蔵から持ってきた色紙の箱を開けると、
まず出てきたのは四月の文楽公演「菅原伝授手習鑑」のチラシ。
「じぇじぇじぇ~」 
後に出てきたのは、「お染久松歌祭文」の本でした。

源右衛門と善六の罠でした。
これを見破り、窮地を救ったのは山賀屋清兵衛です。
捕物帳の親分みたいで、頼りがいがありそうで、
格好良いんです~

清兵衛が源右衛門の腕をつかんで投げ飛ばすと、
善六が「倍返しにいたします。」と言ったもののやられました。

証文が白紙になっていたのは、イカ墨で書かれていたため、
半月経つかたたないうちに消えてしまったのです。
生臭いのが確かな証拠。と清兵衛が見破りました。

本物の色紙は、源右衛門が小道具屋に渡していたのですが、
清兵衛が持って来ていました。

仕返しに、善六と源左衛門は、色紙の箱に入っていた、
草双紙「お染久松袂の白絞り」を語り、
母おかつに聞かせます。
お染久松の噂は世間に広まっているようです。

源右衛門が箒を持って口三味線。語りは善六。
豊竹善六大夫、さぐり澤源右衛門と洒落ています。

箒の三味線とか、ギターとか、
現代の若い人はわからないかな?

このチャリの場面は、とてもおもしろかったです。

清兵衛が、こんな本、入らぬお世話じゃ、置いてくれ。
と言うと、善六が本を開いて頭にのせる、「ちょいのせ」
うまい具合にのせまして、ふざけています。

お染久松の証拠をさらに、ということで、
久松がお染に宛てた手紙を清兵衛に読ませようとしたら、
「読むのは今でしょ」
ことをのみ込んでいる清兵衛は、
善六がお染に宛てた手紙にすり替えて読んで、
善六をやり込めました。
おかつは善六を不義をはたらいたとして、暇を出しました。
「ああ、ひどいおもてなしに遭いましたな」

多三郎がおいとに入れあげていることが
母おかつに知れてしまい、勘当されましたが、
清兵衛が引き取ることにしました。心中防止策でしょうか。


善六と源右衛門の二人は、懲りずに
夜中に色紙を盗みに来ましたが、
久松が、駒下駄とすり替え、事なきを得ました。



昨年の流行語がいくつも盛り込まれていました。
咲大夫さんの語りは、調子が良くておもしろかったです。
勘十郎さんの善六は道化ぶりが楽しくて、
人形ならではちょっと派手な動きがおもしろいです。
源右衛門は幸助さん。敵役ですが、
善六とのコンビ、チャリがおもしろく、
ギャップが良かったです。


山家屋清兵衛はとっても素敵だと思うんですけどね。
お染は優男風の久松の方に、ゾッコンなんですね。


〈生玉の段〉

お染と久松が生玉神社前で、逢っていると、
二人のことが祭文になっているので、もう心中するしかない。

善六が歌祭文を仕組んだとわかると、
久松は善六を刺してしまい、自分も自害して、井戸へ。
お染も後追い、井戸へ身を投げてしまいました。

これで話が終わりではありません。
二人が見た「夢」でした。


このあとは〈質店の段〉〈蔵前の段〉と続きます。