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明日もmachi風

唐突に日常の出来事やヒューマニズム等、感じた事を書いてます。

 

目の前に1枚の紙があります。 

あなたが紙の片面を「こちらが表」と定義するとき

 

同時に「裏」が生まれます。 

あなたが「生」まれたとき、同時に「死」が生まれました。 

あなたが何かを「美しい」と思ったとき

 

同時に「醜い」ものも頭の中に生まれました。 


もし世界に「男性」がいなければ

 

自分が「女性」だとはわからない。 


「善-悪」「強-弱」「高-低」「勝ち-負け」「出逢い-別れ」


それらは別々のものではなく、すべてワンセットであり

 

互いに支えあっている。 


凍える寒さを経験した人は、日差しの暖かさを知っていて

病気を経験した人は、健康への感謝を知っていて

飢えを経験した人は、一膳のご飯の美味しさを知っていて

孤独を経験した人は、絆の大切さを知っていて 

絶望を経験した者は、希望のありがたみをよく知っている。


でも、自分の弱さを認められない人は、

 

他人の弱さを受け入れることもできず 

 

自分の弱さがわからなければ

 

自分の強さにも気づくことができないのです。 

光が美しく輝くことを 支えているのは「闇」であり

 

 光が存在できるのは、闇がそこに在るからです。 

あなたの光の部分を引き出すために 

 

まず闇の部分を受け入れよう。 

これは、闇を好きになれ、という意味ではありません。 

好きになるのと、存在を認めるのとでは、まったく違います。 


長所(光)と短所(闇)、両方あるからこそ

 

この人なんだと認めてあげること。 

自分のダメなところ、カッコ悪いところは

 

素直に認めればよいのです。


そうやって プラスもマイナスも両方を受け入れ

 

それでよいのだと自分を許してあげると心の余裕が生まれる。


心に余裕が生まれると 

 

そのマイナスの欠点から魅力的な人間力がにじみ出てくる。

そうなれば、人はどんどん、活き活きと輝いてきます。

今日は父の命日

 

もう5年

 

早いものだ

 

僕の父は

 

昭和20年8月9日

 

長崎でアメリカの原爆投下により被爆した。

 

学生だった父はたまたま

 

当番で防空壕を掘りに行っていて

 

犠牲にならずにすんだ。

 

もしその日父が当番でなかったら

 

いま僕はここにいない

 

そんな奇跡で生き抜いた

 

父のおかげで母と出逢い

 

僕が生まれた

 

だからこそ僕は

 

一生懸命に生きなければならない

 

この世に命より重いものはない

 

戦争なんて愚かな人間の主張だ

 

何も得るものなど無い。

 

きっとこの世から戦争がなくなる日が来る

 

地球上の生きとし生けるもの全ての

 

平和な共存を願いたい。

 

 

 

原爆の犠牲になられた方々のご冥福をお祈りします。

 

 

したい、したくない。


向いてる、向いてない。


楽、楽じゃない。

そんなことは、...


仕事をする上では関係ない。

なぜなら仕事は、

しなければならないことを、


するものだから。

もし、

したくないから、


向いてないから、


楽じゃないから、

仕事をしないのならば、

それは、

仕事ではない。


それで対価を得てならない。


自らを職業人と言うべきではない。

仕事は、


趣味ではないのだから。

したい仕事かどうか、


向いている仕事かどうか、


楽な仕事かどうか、

それは偶然。

もし、

しなければならないことを、


しないのなら、

どんな仕事も、


得ることはできない。

自分が決めたことなのに、

途中で諦めたり、

挫折したり、
...
人は本当に弱い生き物。

1年前の自分は、

今の自分をどう思うのか?

理想の自分には、

近づけているのか?

時々自分に問いかければ、

自分のダメな部分に気付く。

数ある誘惑に負けて、

また時間を、

無駄にしてきたかもしれない。

別に何となく生きても、

時間は過ぎていくし、

人生はつづいていく。

理想のために、

努力を続けるのは、

確かに難しい。

必要なのは、

誘惑に負けない意志。

一番大切なのは、

自分を甘やかさない強さ。

人は基本的に、

 

「努力」

 

をする、ということが

 

好きな人は少ないのではないかと思います。

 

なぜかというと、人は、

 

「楽」

 

がしたい、という欲求が強いからです。

 

かといって、

 

ずっと「楽」ばかりを選んで、

 

生きていれば、

 

ぐーたらな感じになりそうですよね?

 

 

 

ぐーたらな感じが、

 

ダメだと言っているわけではなくて、

 

ず~っと、ぐーたらしていたら

 

そのうち飽きてくるんですね。

 

 

さすがに、

 

生まれてから死ぬまで、

 

ぐーたらしてる人って、

 

聞いた事ないですよね。

 

 

そして、急に、

 

「何かやりたくなってくる」

 

ということもあります。

 

 

それは、

 

・仕事かもしれませんし、

 

・何か、新しい趣味かもしれませ

  ん。

 

 

 

何をやるのでも構わないんですが、

 

「やりたくなって、やる」

 

ということは、

 

ものすごい「衝動」があったり、

 

「情熱」があったりします。

 

 

 

言い方を変えると、

 

・「夢中になる」

 

・「熱中する」

 

・「集中している」

 

ということです。

 

 

 

こういう時は、

 

特に、「頑張って〇〇をやる」

 

という感覚ではなくて、

 

やりたいからやっているので、

 

気が付けば、

 

何時間も経ってるという感じなんですね。

 

 

逆に、意識して、

 

 

「何かを始めてみよう」

 

 

と思った時は、

 

なかなか続かなかったり、

 

やる気が出なかったり、

 

という事を経験した事がありませんか?

 

 

 

本当に、やり続けたいと思う事は、やり続けれると思うんです。

 

 

 

「3日坊主」

 

という言葉があるように、

 

やり続けたいと思っていても、

 

続かない事もあると思います。

 

 

そういう時は、そもそも、

 

 

「なぜ、それをやる必要があるの か?」

 

 

という事を、考えてみると良いと思います。

行動力とは、その文字の通り、


行動を起こす力です。


しかし、行動力を誤解している人たちが


多くいるのが現状です。


「やらないと困る」ということをやるのは、


行動力ではありません。


それはただの倫理の問題であり、


人間性の問題であり、信頼の問題です。


他人との約束を守るために、


行動力は必要ではないのです。


行動力が求められるのは、


それをやらなくても、

 

誰も責めないし、

 

怒りもしないし、

 

自分も困らない。


そういうシチュエーションで、

 

行動を起こすことです。


「朝9時出社がルールでも、


7時に近くのカフェに行って自分のための勉強をする」

という行動を起こす力であり、

「夜10時に疲れて仕事から帰ってきても、


そこから1時間、次の目標のための準備と、

 

プランづくりをする」

という行動を起こす力のようなものです。


多くのひとが、困った状態にならないと


変えようと行動を起こすことができない。


それは、行動を起こす力がないからです。


行動力とは、

責任が伴っていないところで、


進んで行動することができるかどうか。

誰もみていないし、行動する義務がないところで、


行動しつづけることができるかどうか。


それが本物の行動力です。

「大丈夫」

 

 

という字をよくみてください。

「大」「丈」「夫」それぞれ「人」という字が入っています。


あなたに何かあったとき、
... 
周りの人は必ずあなたを


支えてくれます。


どんなときも、あなたの味方は三人いるんです。


「始まる」って文字を見て下さい。


「女」が「土台」って書くんです。


女性が笑顔でいることから


始まります。

だから「嬉しい」って


「女」が「喜」って書くんです。


女性が笑顔でいるところに、


嬉しいことはやってきます。


「決断」とは、


「決めて」「断つこと」。


何かを決めるときには、


ひとつ何かを断ち切る。


すると新しいものが手に入ります。


「大切」って


「切る」って字が入っています。


執着を「切ったとき」に、


「大きなもの」が手に入るんです。


「癌」

 

とうい字は


「三つの口の山の病」と書きます。


それは、


「食べすぎ、飲みすぎ、吸いすぎ」です。


「光る言葉」

 

と書いて、「誉める」。


誉めてあげると、


相手は最高の笑顔で輝きます。


「吐く」

 

という字は 「口」に


「±(プラスマイナス)」って書きます。


もしもマイナスの言葉を控えたら…?


…「叶い」ます。


「命」=「人」+「一」+「叩」、


「人は一度叩かれる」と書いて

 

「命」


誰だって、


一度は人生で本当に辛いことがある。


そこを乗り越えるために生まれてきた。


そして心臓は


「ドックン、ドックン」と


「人」を「一生」「叩いて」くれています。

 

 

ありがとうの反対語など

 

今まで考えたこともなかった。

 

教えてもらた答えは・・・

 

「あたりまえ」

 

「ありがとう」は漢字でかくと「有難う」

 

「有難(ありがたし)」 という意味だ。

 

あることがむずかしい、まれである。

 

めったにない事にめぐりあう。

 

すなわち、奇跡ということだ。

 

奇跡の反対は、「当然」とか「当たり前」

 

我々は、毎日起こる出来事を

 

当たり前だと思って過ごしている。

 

歩けるのが、あたりまえ。

 

目が見え、耳が聞こえる のが、あたりまえ。

 

手足が動くのが、あたりまえ

 

毎朝目覚めるのが、あたりまえ。

 

食事ができるのが、あたりまえ。

 

息ができるのが、あたりまえ。

 

友達といつも会えるのが、あたりまえ。

 

太陽が毎朝昇るのが、あたりまえ。

 

生まれてきたのが、あたりまえ。

 

夫(妻)が毎日帰ってくるのが、

 

あたりまえ。

 

 

そして・・・

 

生きているのが、あたりまえ。

 

 

 

ある夫婦の話し

 

晩酌の時、いつも無口の夫が、

 

「ちょっと、お酌し てくれないか?」

 

と珍しく妻に言った。

 

台所の片付けをしていた妻は、

 

「今、忙しいから自分でやって」と答えた。

 

夫は少し寂しそうだったが、

 

手酌で酒をついだ。

 

その、2~3時間後、夫は急に倒れ、

 

救急車で運ばれ、

 

帰らぬ人となってしまった。

 

それから、妻は

 

何故あの時、

 

夫にお酌をしてあげなかったのかと、

 

ずっと悔んだという。

 

あの時何故、もっと

 

優しい言葉で、

 

こぼれるような笑顔で、

 

感謝の言葉で 、

 

接することができなかったのか・・・

 

誰しも、

 

今日と同じ日が明日も繰り返されると思う。

 

今日、

 

誰かと出会い、話し、笑い、

 

食事をして、仕事ができる。

 

こんな当たり前だと思うことが、

 

本当は奇跡の連続なのだ。

 

「有ること難し」

 

生きて、出逢う、という奇跡の連続に、

 

「ありがとう」を言わずにいられない。


1.いつも「いいこと」を口にする。...



2.悪口、陰口は言わない。



3.どんなときも、笑顔を忘れない。



4.自分から先に、挨拶する。



5.相手の話に最後まで耳を傾ける。



6.自分と他者を比べようとしない。



7.相手の短所ではなく、長所を見るようにする。



8.何が起きても「これでよかった」



9.たくさん鏡を見て、自分を好きになる。



10.「すみません」より「ありがとう