ひまわりの群れ
里奈は、実家の居間で夜遅くまで美奈の話を聞いていた。
居間にはソファも置かれていたが、二人ともフローリングの床に座って話す方が好きだった。
“ミナの宝”と呼ばれる石板がどういう経緯で美奈の手に渡ったかは、今聞いたところだったが、なぜ美奈が須磨の海岸で大勢のファンを前に演説していたのかは、まだ話されていない。
美奈は、上目遣いで里奈の方を見て少しはにかみながら、続きを話した。
「実はな、うちが須磨の公園に着いたのは7時半を過ぎとったんやけど、15人か20人くらいしか来てへんかってん。」
「何それ。じゃあ、なんであんなに・・・」
美奈がまた上目遣いで里奈を見た。里奈に怒られるのを心配しているらしい。
「お茶入れようか。」里奈がキッチンに向かった。
やがて急須と湯のみ二つ、そしてお菓子を乗せたお盆を持って戻ってきた。
「里奈、ありがとう。」
「いいから、続きを話しいな。」
「えーと、うちが行ったときは、大した集まりにもなってなかったんで、すぐに戻ろうと思うてん。そしたら、あまりにも人が少なくてミナッチ命さんに見つかってしもうて。それでな、うちのファンが集まってるから一言話してくれって言うんや。」
「もちろん、断ったやろ。」
「そりゃそうや。ミナッチさんが里奈のこといじめようとしとるのは知っとったし。そしたらチーターさんも来て、目立たんところでもう少しだけ見といて欲しいって頼むんや。絶対迷惑かけへんからって・・・」
「で、少しだけならええって?」
美奈は申し訳なさそうに頷いた。
「そこにアルキメデス223さんもやってきて、さっきのそれを返してくれて、それはありがたかったんやけど、他の人らも気付いてわーってことになって、ますます人が増えてしもうてん。」
美奈は目線で足形の入った紙袋の方を指した。
「みんなが携帯で連絡取り合ったりしてて、関係ない人も寄ってきてしもうて、もう抜けて帰れへんようになってしもうて・・・」
里奈は黙って、大袈裟に相槌を打ってみせた。本当は抜け出せたのではないかと思ったが、美奈の好奇心が留まらせたであろうことは想像がついた。
「で、なんで美奈が演説しとったん?」
「元々は集会とかやのうて、明日のライブを観にいく前泊組と大阪組でドライブしようという普通の話やったらしいねん。それで、誰かが『オフィーリアの夢』のポスター撮影地を須磨海岸と間違えたんで、そこにしようということになったんやて。それでな。チーターさんが挨拶するというときに、ミナ倶楽部リナ倶楽部設立委員会は今日限りで解散しますって・・・」
「それ、うちらが出たドラマの場面そのままやないの。」
「そのあとミナッチ命さんがえらい怒ってな。チーターさんと言い合いになってん。それで、やじうまかファンかわからへん人数が押し合いへし合いしながら、バラバラに言いたいこと言い合ってて、なんか凄いことになってきたん。」
「それって暴動って言わへん?」
「一応、チーターさんが危なくないように隠してくれたんやけど、それがまたみんなの反発を買って騒ぐから、つい・・・」
「何したん?」
「仲良くできひんのやったら破門や、みたいなことをソフトに言ってしもうたん。」
「ソフトに?」
「ちょっとキツく。」
「ちょっと?」
「だいぶんキツく。」
「そうやろ。雰囲気ピリピリしとったもん。」
「それで、みんな静かにしてくれたんで、一応挨拶だけでもしようかと思うたら、気分よくって長話になってしもてん。」
「静かにしてくれたって、美奈が怒るからみんな怯えとったんや。」
里奈は笑った。美奈らしい行き当たりバッタリの展開だと思ったが、少し安心した。
「うちのファン、減ってしまうやろか。」
「また脅したったらええわ。ファンやめたら承知せえへんでえって。」
「お、脅すやなんて、人聞きが悪いことを。」
美奈が慌てて手を振った。
「それはそうと、美奈、あんな騒ぎになって『フライビー』とかに載ったりせえへんやろか。」
「あのくらいで『フライビー』に載るんやったら、ミナリナ初のライブツアーも取材に来るやろ。どこの芸能ニュースも取り上げてくれへんかったもんな。」
「まさか今夜のこと、ブログに載せてへんやろ。」
「当然や。さっき食事のときに里奈よりも先にアップしたけど、何もなかったことにしてある。」
「うちもや。東京での舞台の稽古のネタだけ。ファンの人も、ブログに全然触れてへんからわかってくれるやろ。口堅い人が多いし。」
足形の石版が入っていた紙袋を覗いていていた里奈が、小さな封筒を見つけた。
「何やろ」開くと、中におしゃれな便箋が畳まれていた。
「手紙?」美奈ものぞきこんだ。
ミナさま リナさま
ユリウスでございます。実はある方からミナさんの足形といわれるものをちょうだいいたしまして、大事にお預かりしておりました。私には本物かどうかさっぱりわかりませんでしたが、もしかするとミナさんとリナさんが歩いた砂が付いてるかもしれないと思うだけでドキドキしてしまいました。
他のミナリナファンのみなさんにもお見せしたりして一緒に楽しんでおりましたが、この足形を「ミナさんの宝」と呼んで何やら不思議があるような噂まで流れてまいりますとなんだか申し訳ないような気持ちになってまいりまして、ちょっとみなさんにお見せするのをやめておりました。
本当は自分でミナさんにお返しすればよいのですが、あまりにも恥ずかしくて倒れてしまいそうなので迷っておりましたら、アルキメデス223さんにお願いすることができることとなりましたのでお預けいたしました。
私の知っている限り、「ミナさんの宝」というのはリナさまのことと決まっていると思っておりましたし、おそらく三銃士のお三方が考えられた言葉だと記憶しております。
最近はお二人の髪型や衣装が別々になっていて、お二人それぞれにお美しく、それぞれのファンなどという方もおられますが、昔はお二人のどちらかだけを応援するのはよくないことと思われておりましたので、三銃士の方々もリナさんが大好きとは言えずに「ミナさんの宝を守る」とおっしゃっておられたそうです。
とりとめもなく書いてしまいましたが、ミナさんリナさんがいつもまでも可愛く、それからすべてのファンの方々が幸せでありますようお祈り申し上げたいと思います。
ユリウス
手紙を読み終えた里奈は、美奈の方を見た。
「つまり、本当の“ミナの宝”って、うちのことやったん?」
「そうらしいな。よかったやん、三銃士の人らに守ってもらえて。」
「うちらのファンって、めちゃめちゃおもろい人多いなあ。小説になりそうや。」
二人が笑いあったあと、里奈が美奈に尋ねた。
「うちらって、ずっとミナリナでやっていけるんかなあ。美奈の方が売れるようになったら、うちは女優を辞めんならんようになるんかなあ。」
「何言うとるん。ずーっと、ミナリナのままで、ずーっと、ライバル同士や。事務所次第やけどな。」
「お姉さん・・・」
里奈が唇を震わせながら、目に涙を浮かべていた。
美奈は、里奈の顔を覗き込んで見つめていると、突然笑い出した。
「おお、危ない危ない。うちまでつられて泣きそうになったわ。」
「なんで、演技やてわかったん。」
「そらわかるわ。お姉さん、なんて真面目なときは言わんもん。いつも美奈って呼ぶやん。」
二人とも笑った。
そのとき、テレビに備え付けられたレコーダーが録画を始める音がした。里奈がそれを聞いて、テレビを点けた。
「そや、今日、新神戸コレクションのオンエアの日や。録画してるけど、見る?」
「見てしまおう。うちら映るかなあ。」
ミナリナの夜は更けていった。
2010年の夏も終わり、大きく堂々と咲いていたひまわりの花もとうに枯れてしまっており、太陽だけがずっと地上を照らし続けていた。
来年の夏がくれば、ひまわりの花がまた姿を現すだろう。そして、その黄色の花もまた、人々の心を暖め照らしていることを知るだろう。
〈ひまわりの群れ 完〉