ひまわりの群れ

第六話 動く闇

ミナリナのファンはそれぞれにブログを立ち上げたり、お互いにコメントを入れ合いながら、職場や学校の友人以上の交流を行っていることも少なくない。

そのため、ファンたちにとって、ミナリナのイベントは生のミナリナを観ることができるだけでなく、ファン同士で交流する機会にもなっていた。


4月24日に“さんろーど船橋”で行われたCD販売のイベントでも、ミニライブ開始まで1時間以上もあるのに、仮設ステージ前のパイプ椅子はカバンや毛布で陣取られ、何人かのファンがリハーサルを待ちながら話をしていた。

最前列左側に座っている30代前半の細身の男性と、その隣に寄ってくる30代後半の恰幅のいい男性も、一見そういうファン同士の交流に見えた。

「チーターさん、早いですね。リハ待ちですか。」

「あ、ミナッチ命さん。」

「この間から話していることですが、ミナさんのファンクラブを作りましょうよ。」

「うーん、そう簡単にもいかないでしょう。」

 ミナッチ命は、周囲に気遣い声をひそめた。

「チーターさん、我々の最終目標は、リナさんに一般人になっていただいて、ミナさんに芸能人の仕事を一本化することです。チーターさんがずっとブログに書き続けてきたことを実現するんです。ミナリナが共倒れにならないために役割分担してもらうんです。」

「でも、リナファンが許さないでしょう。」

「だから、リナファンを消すんです。」

 ミナッチ命の言葉にチーターは驚いた。

「消すって、まさか殺し屋を雇うとか言わないでくださいよ。」

「まさか。ファンクラブをミナ倶楽部とリナ倶楽部に分割して、リナ倶楽部を自然消滅させるんです。14年前のミナリナブームのあと、それが一時的な流行に終わらず今でもミナリナが活躍できているのは、強固なファン組織が存在するからです。歌でも舞台でも、不特定多数の人たちを対象とするバクチではなくて、ファンクラブという固定客を満足させるように企画すれば興行として成立するのが、他の芸能人とは違う強みです。今は、その強みが、ミナさんにもリナさんにも効いています。だから、リナさんを支えるファンクラブがなくなれば、自然と結果が出てきます。」

「ミナッチ命さんは、可愛い名前のわりに恐ろしいことを考えますね。でも、リナ倶楽部が残っていれば、リナも活動を続けるでしょう。」

「最初は残るでしょう。でも、テレビでの露出度や発言の多いミナさんのファンクラブと、そうでないリナのファンクラブのどちらに加入するかといえば、ミナさんの方でしょう。リナさんが、東京や大阪の舞台で活躍したとしても、それを知るのはほんの一握りの人たちですし、舞台のチケット代以外にリナ倶楽部の会費まで負担する人はもっと少なくなるはずです。会員が少なくなればリナ倶楽部は運営できません。それに、舞台興行としても“テレビでお馴染みのミナさん”を出演させる方がメリットが出てきます。」

「それで、芸能人としてのリナは自然に消滅すると。」

「そのとおりです。我々が辞めさせるわけではありません。あくまでも最終決断はリナさんご本人がされるのです。」

 チーターは誰もいないステージを見つめていた。それは、姿の見えないミナに何かを問いかけているようにも見えた。

 どんなにきれいな言葉で説明しても、リナを追い詰めることに他ならなかった。自分にとっては全く無関係なリナであっても、ミナにとってはたった一人の妹だ。チーターは悩んでいた。

 リハーサルが始まった。スタッフが念入りに音響のチェックを行った後で、ミナリナが私服のまま出てきてマイクのテストをした。

 通りかかった買い物客が、何だろうと立ち止まって見ていた。


 離れたところの柱の影にも一人のファンがいた。40前後の腹が目立ち始めた男だった。

 そこに、骨太の中年男性のファンがやってきてポンと肩を叩いた。

「ランラン大王さん、こんにちは。」

「あ、きゃんべらさん。」

「リハーサル始まりましたね。ほお、またチーターのところにミナッチ命がくっついている。」

「後で挨拶しつつ、様子を探ってこようと思います。」

「よろしくお願いします。ランラン大王さんは、チーターに知られていないので、嫌われないように気をつけてくださいね。」

「わかってます、隊長。」

「隊長はハクたんさんですよ。」

「そういえば、ハクたんさんが今回の話をリナさんに知らせていたようですが、早すぎませんか。」

「いやあ、早めに知らせておいた方がよかったでしょう。チーターは昔から同じことを言い続けていたけれど、ほとんどのファンはミナリナを一つの存在としてみていたから、チーターを無視していました。でも今回はちょっと違う。朝ドラ『らんらん』からのファンは、元々対照的な役を演じたミナさんとリナさんのどちらかに思い入れがある人が多い。ミナファンは山陰地方、リナファンは関西地方、と住んでいる地域にまで差が出ている。今回は、ミナッチ命が煽っていることもあって、チーターに賛成する人も少なくないようです。リナさんの味方となるファンの存在を伝えておかないと心配するでしょう。」

「なるほど。ところで、ファンクラブが分かれたら、本当にリナさんには不利なんですか。」

「そうですね・・・去年、リナさんが一人で舞台『バッチリ!』の稽古に行ったり出演していた間、ミナさんも一人でテレビやイベントに出演していましたよね。リナさんが舞台女優でミナさんがタレントという流れはこれからも続いていくと思うんですよ。そうなると、テレビに出ないリナさんは世間に忘れられてファンクラブを維持できなくなる心配はありますね。リナファンとしては考えたくないのですが。」

「リナファンの集いとかで、リナさん一人で歌ったり話したりするのも大変そうですね。」

「それはまあ、舞台女優のファンミーティングであれば、それなりにやり方はあると思います。舞台の裏話を披露したり、ファンと一緒に名場面を再現してみたり。ただ、テレビや映画の仕事をしていないと、会員数が減ってくるのは避けられません。」

「ファンクラブ分割論は、なんとしても阻止しなければならないんですね。」

「少なくとも我々が黙認できるものではありません。」

「わかりました。ではリハーサルも終わったようなので、チーターのところに行ってきます。」

ランラン大王は、きゃんべらを置いてその場を離れた。


<つづく>