ひまわりの群れ

第三話 『ミナの宝


 一人のサラリーマンが行き先を告げずに出かけているだけ、ギタ子にはそうも思えた。

 家族の団らんというものが希薄になり、家出人を探してみたら黙って旅行に出かけていただけということもよくあった。

 白石夫人が帰ったあと、さて、とギタ子はデスクに向かった。まず探るのは白石氏の勤務先だ。

 名刺の電話番号をプッシュしていく。

「はい、大東亜印刷第三事業部第二課、板野でございます。」

「あのう、私、如月と申しますが、白石さんいらっしゃいますでしょうか。」

 白石、という名前を聞いたとたん、電話の向こうが凍りつくのが感じられた。

「白石は外出しておりますので、こちらからご連絡差し上げるようお伝えいたしますが。ご用件とご連絡先をお伺いしてもよろしいでしょうか。」

 伝言を頼んで連絡が来るなら、元より白石夫人が探偵を雇う必要はない。しかし、勤務先が何かを隠しているというのが事実なら、居所を知っている可能性もある。

「実は私、姪なんですけど、自宅の方に連絡するようお伝えください。」

「わかりました。ご自宅へ連絡差し上げるよう、お伝えいたします。」

 奥様が探している、というわけにはいかなかった。


 翌日、ギタ子は小田急の小さな駅を出てタクシーを拾った。

 上り下りの多い道を抜けると、高台の閑静な住宅地の一軒家に着いた。

 “白石”と書かれた表札の下のインターホンを押すと、すぐに白石夫人が玄関から出てきた。

「さあ、どうぞお入りください。」

インターホンのカメラで、来客がギタ子であることがわかったようだ。

「お邪魔します。」

 玄関も廊下もきれいに磨かれていた。

「ご主人の部屋は掃除してませんよね。」

「ええ。言われたとおり、出かけたままにしています。今、お茶を入れますので、こちらへどうぞ。」

「いえ、今日はご主人のお部屋を見せていただくだけなので、どうぞお構いなく。」

 案内された二階の一番奥の小さな部屋が、白石氏の部屋だ。

 納戸も兼ねているという。扇風機やファンヒーターのダンボール箱の間に、机と椅子と本棚が置かれていて、一応仕事スペースになっていた。

 机の上には、ノートパソコンを置いていた跡があり、はずされたLANケーブルが残されていた。パソコンは持ち出されたらしい。

 ギタ子は、パソコンの中のデータや閲覧履歴を手掛かりにしようと期待していたので、少しがっかりした。

 壁には、狭い部屋に不釣り合いなほど大きなジグソーパズルの額が飾ってあった。バブルの頃に流行ったルッサンとかいうハワイの画家が描いたイルカの絵だ。

 パズル額の裏を見ると、裏側にはミナリナの『My Sister』のポスターが貼られていた。

 ギタ子が夫人の方を振り返ると、目をまん丸にして首を横に振っていた。思い当たらないという意味だ。

 本棚の本は、デザイン関係の本とパソコン関係の本ばかりだった。おそらく仕事のためのものだろう。

 風景の写真集や世界名画全集もあったが、これもデザインの参考にしたものだろうか。

 ふと、ギタ子が見ると、それらの大きな本の間に押し込まれるように小さな本がはさまれていた。

 取り出してみると、『こんにちは新倉美奈 こんにちは新倉里奈』-双子タレント・ミナリナのフォトエッセイ集だった。

 本を取り出すときに、折りたたまれた印刷物が床に落ちた。

 拾い上げると、『ニコニコ通信』-ミナリナファンクラブ“ニコニコ倶楽部”の会報だった。ニコニコ通信の隅に「ミナの宝」というメモが殴り書きされていた。

 一見、仕事の書斎のように見えるが、あちらこちらにミナリナにつながるものがあった。これは・・・


 ギタ子は、白石夫人の車で最寄の駅まで送ってもらい、電車を待っていた。事務所まで送りましょうか、とも言われたが一人で考える時間が欲しかった。

 “ミナの宝”とは何だろうか。ミナが大事にしているものか、あるいはサイン色紙のようなお宝グッズのことだろうか。とりあえず事務所に早く戻ってパソコンで検索してみる他ない。

 それに、ギタ子はミナとリナの区別もつかないので、ミナリナのことももっと知らなければならない。

 ギタ子は、乗り込んだ電車の中で、たった今預かってきたミナリナのフォトエッセイ集とニコニコ通信を開いてみた。


 事務所に帰ると、十色探偵も俊也も留守だった。

 白石氏のメモに残された「ミナの宝」をネット検索してみた。12件のミナリナファンのブログにヒットした。


与野のミナリナイベントに行ってきました。

そのとき、ある方からミナの宝を見せてもらいました。

こんなに貴重なものをわざわざ持ってきてくださって、感謝感謝です。

おかげで、第一希望の会社から内定をいただきました。

ミナの宝は噂どおり、すごい効果でした。


新居浜のイベント会場で、噂の「ミナの宝」に触らせていただきました。

翌日くらいから、母の持病の腰痛が治って驚きです。

ミナさんの奇蹟の力かもしれません。


最近上司に怒られてばかりで、この春も昇進できなくて落ち込んでいたのですが、あの方からミナの宝を見せていただいて気持ちが楽になりました。

仕事にも前向きになることができ、上司からも「最近変わったな」とほめられるようになりました。


 他のブログも、ミナリナのイベントで誰かに「ミナの宝」というものを見せてもらって、そのあと幸運な出来事が起こっている話だった。
 “ミナの宝”というのは、パワーストーンのようなものだろうか。持ち主についてはどこにも書かれていなかった。


〈つづく〉