みなさん、こんにちは。
感想小説も第六話となりました。
実は・・・
全七話で完結とご案内しておりましたが、
十色探偵が「もう少し語らせて欲しい」と申しますので、
大変ご迷惑でしょうが、八話まで延長させていただきます。
申し訳ございません。
今回のBGMはこの曲です。
ロシア民謡 赤いサラファン
(YouTube Pustinnik25さんの投稿動画)
『演劇探偵・十色熊次郎』
第六話 私はかもめ
探偵・十色熊次郎の事務所は、にわかに宴会場となりつつあった。
ギタ子がビールと一緒に、焼き鳥とかスルメとか柿ピーを買ってきたからだ。
宅配寿司の梅セット三人前も届いた。
十色探偵はカッパ巻きを頬張りながら話はじめた。
「メグ役には、メグという人物を演じる他にもう一つ大事な役目があると思う。」
「先生、口に物を入れたままメグメグ言うのやめてくださいよ。」
十色探偵は、カッパ巻きをお茶とともに流し込むと話を続けた。
「メグ役は観客の代理人でもあるんだ。愛がお金に困っていたらお金を渡し、アル中と知ったらお酒を取り上げ、愛が幻覚に襲われたら慌てて抑え、携帯が鳴るたびに一喜一憂している。全部、観客がやりたいことをメグがやってるんだ。」
「それって、愛のエピソードが多いことと関係ありませんか。最初から、観客がメグ目線で愛を見るように仕立ててあると考えれば説明がつく気がします。舞台で『大阪で生まれた女』が流れたけど、大阪出身は愛の方だし、『オンディーヌ』が好きなのも愛。」
「そうかもしれないね。愛役の演技力をカバーするためにエピソードを多くしたわけじゃなくて、元々メグから見た愛の物語だったということなら納得できるね。」
「以前、『ハンナとハンナ』でも先生は似たようなことを言っていましたよね。主役はイギリス人ハンナで、彼女の目を通して観客はコソボ人ハンナを見たり、差別したり、後悔したりしてるんだって。」
「ああ、言った言った。『ハンナとハンナ』は邦題だとどっちもハンナだけど、原題だとイギリス人ハンナの名前が先に来てるんだ。それに、イギリスの劇だから当然イギリス人ハンナが国民代表だろう。」
「『さくら色 オカンの嫁入り』も、原作では月子が語る物語ですよね。なんだか、どれも佳奈さんが語り手の役割を演じていますね。」
「佳奈ちゃんはそういう観客と同じ目線の役が似合うし、どの演出家もそれ知って使っていたのだろう。」
「そういえば、最後の場面で入団当初のメグが出てくるじゃないですか。それがイギリス人ハンナに似ているって、出待ちのファンの人が言ってました。」
「ああ、髪型も似てるしね。それよりギタ郎、出待ちしてたのか。」
「い、いや、舞台が終わって帰ろうとすると、人が集まってるんで何かなと思って見ていたら出待ちだったんです。ボクは別にマナカナファンじゃないですよ。」
「それはおかしい。楽屋出入口は駅と反対側にあるから、人が集まっているのは帰り道からは見えなかったはずじゃないのか。」
「先生こそ、なんで楽屋出入口の場所なんか知ってるんですか。」
「デマチって何ですか。」とギタ子がすかさず入ってくる。
「別の何でもないよ。」とギタ郎。
「そうそう、何でもない。」と十色も必死で打ち消す。
「教えてくれないなら、ネットで調べようっと。」
「教える教える。京福電鉄の駅の名前なんだ。ね、先生。」
「そうそう、京都にそういう駅があるんだ。」
「なーんか怪しいなあ・・・まあ、許してあげる。」
十色探偵とギタ郎は顔を見合わせた。
この事務所では、一番下の助手が一番威張っているらしい。
マグロのにぎり寿司に手を出そうとしたギタ子の手を、ギタ郎がぴしゃりと叩いた。
「それ、先生のだろう。お前、さっき食べたじゃないか。」
「私はいいよ、その代わりにギタ子の玉子をもらうよ。」
「取引せいりーつ。そうそう、あたしも佳奈ちゃんって、飾ってなくて自分を重ねやすいな。茉奈ちゃんも双子だから同じはずなんだけど、なんか自分より可愛いっていうか・・・」
「あのねえ、佳奈さんはギタ子と同じだって? ギタ子に仲間意識もたれても佳奈さんは迷惑だろう。」
「ギタ郎に好かれても迷惑よ。」
「おいおい、何のけんかだよ。飲みすぎじゃないのか。とにかく、茉奈ちゃんと佳奈ちゃんには微妙に違いがあって、それが芝居全体に大きな影響を及ぼすということだよ。」
「演出家の人は、二人の違いを使い分けてるんですね。」
「それ、さっき私が言っただろう。」
「よく、二人の役を入れ替えたらどうなるだろう、って考えますけど、相当違ってくるってことですよね。」
「そう思うよ。でも、演出家もプロだから、いい方の選択肢しか選ばない。だから、子役時代はともかく、これからは逆キャストはなかなかお目にかかれない。」
「ところで先生、メグが8年前に出させてもらった『かもめ』っていう劇は、本当にあるんですか。」
「私も詳しくはないけど、チェーホフの劇で『かもめ』というのはあるね。ニーナという少女が女優を目指して失敗する話だったかな。」
説明に詰まった十色探偵の後を、いつのまにかパソコンに向かっているギタ子が続けた。
「女優としての名声を求めるニーナは、恋人のトレープレフを捨てて、トレープレフの母の愛人であり作家でもあるトリゴーリンの元に走る。何年か後にトレープレフは、トリゴーリンに捨てられ女優としても芽が出なかったニーナに再会する。トレープレフは、ニーナに食べ物の提供を申し出るが、ニーナはそれを断り、抱擁を交わしたのち立ち去る。」
「ギタ子、詳しいねえ。」
「ネットだもん。」
「なんだか、『オンディーヌを求めて』に似ていますね。」
「ニーナが愛で、トレープレフがメグ、トリゴーリンはアンソニー・ハミルトンくらいか。『オンディーヌを求めて』は、現代版『かもめ』として書かれたものかもしれないね。」
「『かもめ』って、そもそも有名な劇なんですか。」
「観た人は少ないかもしれないけど、有名な方だと思うよ。世界最初の女性宇宙飛行士のテレシコワが宇宙からの最初の交信で言った“私はかもめ”という言葉が、チェーホフの『かもめ』の台詞と同じだったんで、当時は流行したらしいし。」
「なんで、自分のことをカモメとか言ったんですかね。」
「ソ連の宇宙飛行士テレシコワのコードネームがかもめだったらしい。」
あまりにも自分たちの話が難しくなったため、三人とも黙って寿司を食べてビールを飲んでいた。
沈黙を破ったのはギタ子だった。
「ところで、貧乏な愛がどうやってニューヨークに行ったり来たりできたんですか。」
誰も答えられなかった。
(感想小説 『演劇探偵・十色熊次郎』 第六話 おわり)
感想小説も第六話となりました。
実は・・・
全七話で完結とご案内しておりましたが、
十色探偵が「もう少し語らせて欲しい」と申しますので、
大変ご迷惑でしょうが、八話まで延長させていただきます。
申し訳ございません。
今回のBGMはこの曲です。
ロシア民謡 赤いサラファン
(YouTube Pustinnik25さんの投稿動画)
『演劇探偵・十色熊次郎』
第六話 私はかもめ
探偵・十色熊次郎の事務所は、にわかに宴会場となりつつあった。
ギタ子がビールと一緒に、焼き鳥とかスルメとか柿ピーを買ってきたからだ。
宅配寿司の梅セット三人前も届いた。
十色探偵はカッパ巻きを頬張りながら話はじめた。
「メグ役には、メグという人物を演じる他にもう一つ大事な役目があると思う。」
「先生、口に物を入れたままメグメグ言うのやめてくださいよ。」
十色探偵は、カッパ巻きをお茶とともに流し込むと話を続けた。
「メグ役は観客の代理人でもあるんだ。愛がお金に困っていたらお金を渡し、アル中と知ったらお酒を取り上げ、愛が幻覚に襲われたら慌てて抑え、携帯が鳴るたびに一喜一憂している。全部、観客がやりたいことをメグがやってるんだ。」
「それって、愛のエピソードが多いことと関係ありませんか。最初から、観客がメグ目線で愛を見るように仕立ててあると考えれば説明がつく気がします。舞台で『大阪で生まれた女』が流れたけど、大阪出身は愛の方だし、『オンディーヌ』が好きなのも愛。」
「そうかもしれないね。愛役の演技力をカバーするためにエピソードを多くしたわけじゃなくて、元々メグから見た愛の物語だったということなら納得できるね。」
「以前、『ハンナとハンナ』でも先生は似たようなことを言っていましたよね。主役はイギリス人ハンナで、彼女の目を通して観客はコソボ人ハンナを見たり、差別したり、後悔したりしてるんだって。」
「ああ、言った言った。『ハンナとハンナ』は邦題だとどっちもハンナだけど、原題だとイギリス人ハンナの名前が先に来てるんだ。それに、イギリスの劇だから当然イギリス人ハンナが国民代表だろう。」
「『さくら色 オカンの嫁入り』も、原作では月子が語る物語ですよね。なんだか、どれも佳奈さんが語り手の役割を演じていますね。」
「佳奈ちゃんはそういう観客と同じ目線の役が似合うし、どの演出家もそれ知って使っていたのだろう。」
「そういえば、最後の場面で入団当初のメグが出てくるじゃないですか。それがイギリス人ハンナに似ているって、出待ちのファンの人が言ってました。」
「ああ、髪型も似てるしね。それよりギタ郎、出待ちしてたのか。」
「い、いや、舞台が終わって帰ろうとすると、人が集まってるんで何かなと思って見ていたら出待ちだったんです。ボクは別にマナカナファンじゃないですよ。」
「それはおかしい。楽屋出入口は駅と反対側にあるから、人が集まっているのは帰り道からは見えなかったはずじゃないのか。」
「先生こそ、なんで楽屋出入口の場所なんか知ってるんですか。」
「デマチって何ですか。」とギタ子がすかさず入ってくる。
「別の何でもないよ。」とギタ郎。
「そうそう、何でもない。」と十色も必死で打ち消す。
「教えてくれないなら、ネットで調べようっと。」
「教える教える。京福電鉄の駅の名前なんだ。ね、先生。」
「そうそう、京都にそういう駅があるんだ。」
「なーんか怪しいなあ・・・まあ、許してあげる。」
十色探偵とギタ郎は顔を見合わせた。
この事務所では、一番下の助手が一番威張っているらしい。
マグロのにぎり寿司に手を出そうとしたギタ子の手を、ギタ郎がぴしゃりと叩いた。
「それ、先生のだろう。お前、さっき食べたじゃないか。」
「私はいいよ、その代わりにギタ子の玉子をもらうよ。」
「取引せいりーつ。そうそう、あたしも佳奈ちゃんって、飾ってなくて自分を重ねやすいな。茉奈ちゃんも双子だから同じはずなんだけど、なんか自分より可愛いっていうか・・・」
「あのねえ、佳奈さんはギタ子と同じだって? ギタ子に仲間意識もたれても佳奈さんは迷惑だろう。」
「ギタ郎に好かれても迷惑よ。」
「おいおい、何のけんかだよ。飲みすぎじゃないのか。とにかく、茉奈ちゃんと佳奈ちゃんには微妙に違いがあって、それが芝居全体に大きな影響を及ぼすということだよ。」
「演出家の人は、二人の違いを使い分けてるんですね。」
「それ、さっき私が言っただろう。」
「よく、二人の役を入れ替えたらどうなるだろう、って考えますけど、相当違ってくるってことですよね。」
「そう思うよ。でも、演出家もプロだから、いい方の選択肢しか選ばない。だから、子役時代はともかく、これからは逆キャストはなかなかお目にかかれない。」
「ところで先生、メグが8年前に出させてもらった『かもめ』っていう劇は、本当にあるんですか。」
「私も詳しくはないけど、チェーホフの劇で『かもめ』というのはあるね。ニーナという少女が女優を目指して失敗する話だったかな。」
説明に詰まった十色探偵の後を、いつのまにかパソコンに向かっているギタ子が続けた。
「女優としての名声を求めるニーナは、恋人のトレープレフを捨てて、トレープレフの母の愛人であり作家でもあるトリゴーリンの元に走る。何年か後にトレープレフは、トリゴーリンに捨てられ女優としても芽が出なかったニーナに再会する。トレープレフは、ニーナに食べ物の提供を申し出るが、ニーナはそれを断り、抱擁を交わしたのち立ち去る。」
「ギタ子、詳しいねえ。」
「ネットだもん。」
「なんだか、『オンディーヌを求めて』に似ていますね。」
「ニーナが愛で、トレープレフがメグ、トリゴーリンはアンソニー・ハミルトンくらいか。『オンディーヌを求めて』は、現代版『かもめ』として書かれたものかもしれないね。」
「『かもめ』って、そもそも有名な劇なんですか。」
「観た人は少ないかもしれないけど、有名な方だと思うよ。世界最初の女性宇宙飛行士のテレシコワが宇宙からの最初の交信で言った“私はかもめ”という言葉が、チェーホフの『かもめ』の台詞と同じだったんで、当時は流行したらしいし。」
「なんで、自分のことをカモメとか言ったんですかね。」
「ソ連の宇宙飛行士テレシコワのコードネームがかもめだったらしい。」
あまりにも自分たちの話が難しくなったため、三人とも黙って寿司を食べてビールを飲んでいた。
沈黙を破ったのはギタ子だった。
「ところで、貧乏な愛がどうやってニューヨークに行ったり来たりできたんですか。」
誰も答えられなかった。
(感想小説 『演劇探偵・十色熊次郎』 第六話 おわり)