みなさん、こんにちは。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
感想小説も第五話となります。
今回のBGMは舞台では使われていない曲を選びました。
ちょっと荒い演奏が久米島愛のイメージです。
(何ヶ所か音はずしてます?)
リスト 愛の夢・第三番
(YouTube jidaitvさんの投稿動画)
『演劇探偵・十色熊次郎』
第五話 愛の夢
探偵・十色熊次郎の仕事は、ネット検索と公的記録の閲覧からはじまる。
虫めがねで証拠を探したり、指紋を調べたりというのは、テレビや小説だけの話だ。
個人情報保護法ができてから、住民票や戸籍などの調査も厳しくなっていて、そういう情報は知り合いの弁護士にお金を払って法的手続きを踏んで照会している。
夫が亡くなった依頼人の戸籍を取り寄せてみたら、前妻との間に養女に出された娘がいることがわかった。
このときも弁というのは、テレビや小説だけの話だ。
個人情報保護法ができてから、住民票や戸籍などの調査も厳しくなっていて、そういう情報は知り合いの弁護士にお金を払って法的手続きを踏んで照会している。
夫が亡くなった依頼人の戸籍を取り寄せてみたら、前妻との間に養女に出された娘がいることがわかったことがあったが、このときも弁護士を使っている。
「先生、このワイン結構美味しいですね。」
「ほんと、安くて美味しいもの探すのうまいわ。」
「そりゃ探偵だから探すのは得意さ。」
「そういう問題ですか。ところで、愛とメグの話の続きは・・・」
「そうそう。メグが愛にお金を渡そうとする場面、覚えてる?」
「愛がメグが差し出すお金を振り払ってお札が床に散らばったシーンですよね。」
「愛の断り方、どう思う?」
「普通じゃないですか。問題ないです。」
「もし、ギタ郎が久しぶりに会った友達から、お金をやると言われたらどうする?」
「ええっ、ウソォ、とか言いますね。」
「そうだよね。お金で苦労した愛ならなおさらだ。どうしてそんな大切なものをくれるのか、という反応があるはずだよね。でも、あのときの愛は当然お金をもらえると予想して即座に断っていたように見えた。愛には、これまで誰からも大金をもらった経験がないはずなのに。」
「でも先生、愛は後でヌードモデルの仕事を紹介してくれるようメグに頼むじゃないですか。だから、金持ちのメグが支援を申し出ることも予想できていたんじゃないですか。」
「いや、前もって予想していたら丁重に断るはずで、お金を振り払うなんて失礼なことはしないだろう。」
「じゃあ、やっぱり茉奈さんの演技が変だと?」
それを聞いていたギタ子が急に口をはさんだ。
「愛って貧乏だったんでしょう? じゃあ、お金が欲しくて欲しくてたまらないから振り払ったのよ。目の前にあると、勝手に手が受け取ってしまいそうになるから。」
「いかがです、先生、ギタ子の意見。」
「そうかもしれない。観てないギタ子になぜわかるのか知らないけど。」
「やったあ。ギタ子、ナイスフォロー。これで茉奈さんの名誉回復だあ。」
「まかしとき。」
「愛はメグに苦労話をしながらも、表面的には余裕を見せようとしていた。そこに現金を見せられたんで、とっさに反応してしまったのかもしれない。」
「でもそれなら、そのままもらっちゃえばよかったんじゃないですか。」
「それはないわ。友だちからお金もらったら、友だちじゃなくなっちゃうもん」
「そうだろうね。愛は、気持ちのうえでメグと対等でいることによって、かろうじて自分を支えていたのかもしれない。他人から見れば、天と地ほどの差があっても、地べたを這うような生活をしていても、ずっとそういう気持ちだったのかもしれない。」
「でも、ヌードモデルの仕事はメグに頼んでますよ。」
「それはポーズだったんじゃないかな。本当に仕事を紹介して欲しかったら、連絡先を教えずに去ったりはしないだろう。たぶん、スターの座から落ちて、人脈しか残っていないというメグに花を持たせたんだよ。」
「そこは苦しくっても上から目線なんですね。」
十色は、ボトルの底に数センチ残ったワインを自分のコップに注ぎ込んだ。
「じゃあ、こんどはメグの方も見てみようか。メグは床に散らかったお金を一枚ずつ拾い集めて、ちゃんと揃えて片付けていたよね。メグは、決して余ってるお金を恵んであげようとしたわけではなくて、大事なお金の中から愛に渡そうとしていたことがわかる。」
「めちゃくちゃ深読みですね。倉本さんもびっくりしてますよ。」
「メグは自分に正直な人。自己中心とか単に天真爛漫というのとは少し違う。愛に会えて嬉しくて嬉しくてそれを隠せない。だけど、もう今はスターじゃなくて余裕もない。それがあらゆる仕草に現れている。言いかえれば、メグ役の佳奈ちゃんは、1時間半そういう芝居を求められていたのだと思う。」
「確かに、愛に演技を教えてもらう場面、即興劇でオーディションに落ちたと思った場面、愛と別れる場面、思い出す場面のすべてに“愛が大好き”と“オンディーヌに受からなければ”がにじみ出ていたような。」
「そう。だから、愛役は演技が難しくて、メグ役は表現が難しい。それを踏まえて倉本氏は二人の配役を決めたと思うよ。」
「演技と表現って、違うんですか。」
「演技は技術だから、観客が観て感心するもの、表現はもっとデリケートで、観客が観て感動するもの、かな。歌が上手いとか、パントマイムが上手いとか、長い台詞を覚えているとかいうのも、観客を喜ばせるけど、それは技だよね。それで、泣き所とか笑い所のツボを押さえて演技に緩急をつけるのが表現。」
「ということは、茉奈さんは演技が上手くて、佳奈さんは表現が上手いということですか。」
「二人の得意不得意の傾向ということかもしれない。その代わり、茉奈さんは表現が課題で、佳奈さんは演技が課題という言い方もできる。でも、課題だから直さなければいけないということじゃないよ。」
「課題なのに直さなくてもいいんですか。」
「課題というのは、直すべきか、直さずに上手に付き合った方がいいかを考えなければならない、ということだよ。例えば、佳奈さんの演技って、ときどき雑に見えたり大げさに見えたりすることがあるけど、そのときには観客がリラックスするんだよね。それで、泣き所でビシッときめるから、いい年したおじさん達が泣いちゃうんだ。だから、ただ直してはいけない。」
「何だかわかったような、わからないような。」
「あたし、なんかわかる。」
「なんでギタ子がわかるんだよ。」
ギタ郎は、十色探偵が佳奈をほめるのが気になるようだ。
「先生は、なんか佳奈さんをひいきしてませんか。」
「そんなことはないよ。ただ、昔、谷村めぐみとよく似た女性に会ったことがあるから、ちょっと思い入れがあるかもしれない。」
「それならいいんですけど。それにしても茉奈さん、大人っぽくなってましたよね。」
「そうだね。山口百恵を思い出したよ。」
「誰ですか、それ。」
「あたしも知らない。」
「えっ、知らないんだ、君たち。まあいいや。でも、久米島愛って人物は、そんなに大人びた女性なのかなあ、とも思ったけど。」
「もしかすると、茉奈さん自身が本当はすごく大人っぽくて落ち着いた人で、テレビの前では隠しているのかもしれませんよ。」
「それは面白い推理だ。まあ24歳だから、実際に大人っぽくても不思議はないんだけどね。」
そのとき、パソコンを触っていたギタ子が首を横に振った。
「でもお二人さん、これはどう。茉奈さんのブログの写真。」
「ふーん。茉奈ちゃん、雪を投げて遊んでいるね。」
「佳奈さんのブログにも雪遊びの写真が載っていますよ。」
「雪の上に大の字でバーンと寝ているね。」
「まるっきり子供ですね。」
「間違いなく二人とも子供だね。やっぱり、ギタ郎説は無理があるよ。」
さっきまでオレンジ色だった空は、もう暗くなっている。
十色は、電話帳の横に束ねてあるチラシを取り出した。
「宅配寿司でも頼もうか。君たち晩飯は?」
「別に大丈夫です。経費ですよね、せ・ん・せ・い。」
「ギタ子、変なこと言って先生の気が変わったらどうする。それより、ビールでも買って来いよ。」
「お金は私が出すよ。」
「はーい。」
ギタ郎は、事務所を出て行くギタ子を目で見送りながらつぶやいた。
「ああいうのを天真爛漫って言うんですよね。」
「今度連れて行ってあげたら?」
「何に?」
「『オンディーヌを求めて』さ。」
「いや、それはちょっと・・・。」
久米島愛が谷村めぐみの差し出すお金を振り払うのは、わずか1,2分の場面である。
それをつまみにこれだけ酒を飲めるのだから、探偵事務所の夜はまだまだ長いらしい。
(感想小説 『演劇探偵・十色熊次郎』 第五話 おわり)
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
感想小説も第五話となります。
今回のBGMは舞台では使われていない曲を選びました。
ちょっと荒い演奏が久米島愛のイメージです。
(何ヶ所か音はずしてます?)
リスト 愛の夢・第三番
(YouTube jidaitvさんの投稿動画)
『演劇探偵・十色熊次郎』
第五話 愛の夢
探偵・十色熊次郎の仕事は、ネット検索と公的記録の閲覧からはじまる。
虫めがねで証拠を探したり、指紋を調べたりというのは、テレビや小説だけの話だ。
個人情報保護法ができてから、住民票や戸籍などの調査も厳しくなっていて、そういう情報は知り合いの弁護士にお金を払って法的手続きを踏んで照会している。
夫が亡くなった依頼人の戸籍を取り寄せてみたら、前妻との間に養女に出された娘がいることがわかった。
このときも弁というのは、テレビや小説だけの話だ。
個人情報保護法ができてから、住民票や戸籍などの調査も厳しくなっていて、そういう情報は知り合いの弁護士にお金を払って法的手続きを踏んで照会している。
夫が亡くなった依頼人の戸籍を取り寄せてみたら、前妻との間に養女に出された娘がいることがわかったことがあったが、このときも弁護士を使っている。
「先生、このワイン結構美味しいですね。」
「ほんと、安くて美味しいもの探すのうまいわ。」
「そりゃ探偵だから探すのは得意さ。」
「そういう問題ですか。ところで、愛とメグの話の続きは・・・」
「そうそう。メグが愛にお金を渡そうとする場面、覚えてる?」
「愛がメグが差し出すお金を振り払ってお札が床に散らばったシーンですよね。」
「愛の断り方、どう思う?」
「普通じゃないですか。問題ないです。」
「もし、ギタ郎が久しぶりに会った友達から、お金をやると言われたらどうする?」
「ええっ、ウソォ、とか言いますね。」
「そうだよね。お金で苦労した愛ならなおさらだ。どうしてそんな大切なものをくれるのか、という反応があるはずだよね。でも、あのときの愛は当然お金をもらえると予想して即座に断っていたように見えた。愛には、これまで誰からも大金をもらった経験がないはずなのに。」
「でも先生、愛は後でヌードモデルの仕事を紹介してくれるようメグに頼むじゃないですか。だから、金持ちのメグが支援を申し出ることも予想できていたんじゃないですか。」
「いや、前もって予想していたら丁重に断るはずで、お金を振り払うなんて失礼なことはしないだろう。」
「じゃあ、やっぱり茉奈さんの演技が変だと?」
それを聞いていたギタ子が急に口をはさんだ。
「愛って貧乏だったんでしょう? じゃあ、お金が欲しくて欲しくてたまらないから振り払ったのよ。目の前にあると、勝手に手が受け取ってしまいそうになるから。」
「いかがです、先生、ギタ子の意見。」
「そうかもしれない。観てないギタ子になぜわかるのか知らないけど。」
「やったあ。ギタ子、ナイスフォロー。これで茉奈さんの名誉回復だあ。」
「まかしとき。」
「愛はメグに苦労話をしながらも、表面的には余裕を見せようとしていた。そこに現金を見せられたんで、とっさに反応してしまったのかもしれない。」
「でもそれなら、そのままもらっちゃえばよかったんじゃないですか。」
「それはないわ。友だちからお金もらったら、友だちじゃなくなっちゃうもん」
「そうだろうね。愛は、気持ちのうえでメグと対等でいることによって、かろうじて自分を支えていたのかもしれない。他人から見れば、天と地ほどの差があっても、地べたを這うような生活をしていても、ずっとそういう気持ちだったのかもしれない。」
「でも、ヌードモデルの仕事はメグに頼んでますよ。」
「それはポーズだったんじゃないかな。本当に仕事を紹介して欲しかったら、連絡先を教えずに去ったりはしないだろう。たぶん、スターの座から落ちて、人脈しか残っていないというメグに花を持たせたんだよ。」
「そこは苦しくっても上から目線なんですね。」
十色は、ボトルの底に数センチ残ったワインを自分のコップに注ぎ込んだ。
「じゃあ、こんどはメグの方も見てみようか。メグは床に散らかったお金を一枚ずつ拾い集めて、ちゃんと揃えて片付けていたよね。メグは、決して余ってるお金を恵んであげようとしたわけではなくて、大事なお金の中から愛に渡そうとしていたことがわかる。」
「めちゃくちゃ深読みですね。倉本さんもびっくりしてますよ。」
「メグは自分に正直な人。自己中心とか単に天真爛漫というのとは少し違う。愛に会えて嬉しくて嬉しくてそれを隠せない。だけど、もう今はスターじゃなくて余裕もない。それがあらゆる仕草に現れている。言いかえれば、メグ役の佳奈ちゃんは、1時間半そういう芝居を求められていたのだと思う。」
「確かに、愛に演技を教えてもらう場面、即興劇でオーディションに落ちたと思った場面、愛と別れる場面、思い出す場面のすべてに“愛が大好き”と“オンディーヌに受からなければ”がにじみ出ていたような。」
「そう。だから、愛役は演技が難しくて、メグ役は表現が難しい。それを踏まえて倉本氏は二人の配役を決めたと思うよ。」
「演技と表現って、違うんですか。」
「演技は技術だから、観客が観て感心するもの、表現はもっとデリケートで、観客が観て感動するもの、かな。歌が上手いとか、パントマイムが上手いとか、長い台詞を覚えているとかいうのも、観客を喜ばせるけど、それは技だよね。それで、泣き所とか笑い所のツボを押さえて演技に緩急をつけるのが表現。」
「ということは、茉奈さんは演技が上手くて、佳奈さんは表現が上手いということですか。」
「二人の得意不得意の傾向ということかもしれない。その代わり、茉奈さんは表現が課題で、佳奈さんは演技が課題という言い方もできる。でも、課題だから直さなければいけないということじゃないよ。」
「課題なのに直さなくてもいいんですか。」
「課題というのは、直すべきか、直さずに上手に付き合った方がいいかを考えなければならない、ということだよ。例えば、佳奈さんの演技って、ときどき雑に見えたり大げさに見えたりすることがあるけど、そのときには観客がリラックスするんだよね。それで、泣き所でビシッときめるから、いい年したおじさん達が泣いちゃうんだ。だから、ただ直してはいけない。」
「何だかわかったような、わからないような。」
「あたし、なんかわかる。」
「なんでギタ子がわかるんだよ。」
ギタ郎は、十色探偵が佳奈をほめるのが気になるようだ。
「先生は、なんか佳奈さんをひいきしてませんか。」
「そんなことはないよ。ただ、昔、谷村めぐみとよく似た女性に会ったことがあるから、ちょっと思い入れがあるかもしれない。」
「それならいいんですけど。それにしても茉奈さん、大人っぽくなってましたよね。」
「そうだね。山口百恵を思い出したよ。」
「誰ですか、それ。」
「あたしも知らない。」
「えっ、知らないんだ、君たち。まあいいや。でも、久米島愛って人物は、そんなに大人びた女性なのかなあ、とも思ったけど。」
「もしかすると、茉奈さん自身が本当はすごく大人っぽくて落ち着いた人で、テレビの前では隠しているのかもしれませんよ。」
「それは面白い推理だ。まあ24歳だから、実際に大人っぽくても不思議はないんだけどね。」
そのとき、パソコンを触っていたギタ子が首を横に振った。
「でもお二人さん、これはどう。茉奈さんのブログの写真。」
「ふーん。茉奈ちゃん、雪を投げて遊んでいるね。」
「佳奈さんのブログにも雪遊びの写真が載っていますよ。」
「雪の上に大の字でバーンと寝ているね。」
「まるっきり子供ですね。」
「間違いなく二人とも子供だね。やっぱり、ギタ郎説は無理があるよ。」
さっきまでオレンジ色だった空は、もう暗くなっている。
十色は、電話帳の横に束ねてあるチラシを取り出した。
「宅配寿司でも頼もうか。君たち晩飯は?」
「別に大丈夫です。経費ですよね、せ・ん・せ・い。」
「ギタ子、変なこと言って先生の気が変わったらどうする。それより、ビールでも買って来いよ。」
「お金は私が出すよ。」
「はーい。」
ギタ郎は、事務所を出て行くギタ子を目で見送りながらつぶやいた。
「ああいうのを天真爛漫って言うんですよね。」
「今度連れて行ってあげたら?」
「何に?」
「『オンディーヌを求めて』さ。」
「いや、それはちょっと・・・。」
久米島愛が谷村めぐみの差し出すお金を振り払うのは、わずか1,2分の場面である。
それをつまみにこれだけ酒を飲めるのだから、探偵事務所の夜はまだまだ長いらしい。
(感想小説 『演劇探偵・十色熊次郎』 第五話 おわり)