本日で保健所実習が終了。
全然実習目的とは関係ないけれど、
自分にとって大変大きな学び・気付きがあったので
ここで発表します!
保健所実習の一環として、今日は精神障害者の就労支援施設へ実習に行ってまいりました。
その他にもこの一週間、保健所の取り組みとして精神保健に関することを多く学んできました。
指導者の方からよく聞かれる『精神障害者についてどんなイメージがある?』という質問。
世間にはまだまだ偏見が多い、という事実に関連してくるのだと思いますが
私にとって精神障害者は何も特別なイメージはなくて。良い意味でも悪い意味でも。
何故かというと。私の叔母は精神障害者です。
物心ついたときから身近な存在で、精神障害というものを知る前から彼女のことは知っていて。
周りから差別や偏見をもった目で見られていることにも幼いながらに気付いていて。
家族内でも特別扱いされていることに違和感を感じていて。
(それが私が両親に不信感をもつ一因でもあるのだが)
それがなぜなのか分からなかった。
確かに少し変わっているところはあるかもしれないけど、私は彼女を一度も障害者だなんて思ったことない。いい人だけどちょっと変わってるからってみんなに相手にしてもらえないただのおばちゃん。
だから私は、自分は精神障害者に対して偏見なんてもっていないと思っていた。
他の学生の模範解答みたいな『今までの精神障害者のイメージが変わりました!』みたいな感想に、ひとりポカンとして。私の感想は『家族内でも虐げられて生きてる彼女に比べて、ちゃんとした施設で生活させてもらえる人はのびのびしてていいなぁ』ってな感じで。別にイメージとか変わんないし。精神障害ってこんなもんだし、人間なんだからひとりひとり違って当然だしって。
自殺対策についても同じ。
身近な人との関わりを大切にすることが自殺対策につながることなんて身に染みて痛すぎるほど分かってるし、自殺件数が増えてて決して他人事ではない、身近な問題だなんて今更言うなよって思ってた。そんなの分かってるよ。
でも、『身近な親戚に精神障害者がいます』ってことも『大切な人が自殺しました』ってことも『一番興味のある分野は精神看護』ってことも口が裂けても言えなかった。
精神看護については、そんなん言うてるわりに勉強不足だからっていう情けなさもあるのだけど、前の二つに関しては必死に隠して、精神について何にも興味ありません~みたいな顔して隣の学生に倣って模範解答並べてた。
なんてバカなことをしてきたんだろう、と気付いた。
精神障害者の親戚がいるなんて、精神障害者の理解において私は周りより相当長けている。精神障害者家族の気持ちだって分かっちゃう。自殺に関しても、意識だって高いし残された人の気持ちだってわかってあげられるし・・・
私のセールスポイントになったはずなんだ。しかも自分の興味のある分野。周りの人と違う視点から考えられて、もっと学びを深められるチャンスだったのに。私にしか考えられない視点だったのに。激しく後悔!!!
そして大きな気付き。
“周りに言えない”
これこそ私が精神障害について偏見を持っているってことなんだ。
私が1番、偏見を持ってて差別してた。
言ったら何かが変わってしまうような気がしていた。
好奇の目、哀れみの目が嫌だった。
あくまで患者として接するから偏見はなくなったなんてみんな言うけど、
それが血のつながった親戚ならどうだろう?
ちょっと面倒臭いとか大変とか感じると思う。
なんていうか、感覚が違うんだよな。
別に、何でもないんだよ。ただの人間で、ただの家族なんだよ。
なんか、そこがずっとひっかかってて。
精神看護の専門の人でも、やっぱり精神障害者を対象として見てる気がする人もいて、
障害者家族の気持ちは本当にその状況にある人にしか分からないよ。
本当に分かるはずないのに、専門家だからと分かったように言われるのが嫌で。うまくいえないけど。
自殺に関しても、原因はいろいろって学んではいるけど、実際に彼のことを話したら
どんなひどい学校なの?どんな部活なの?ろくな友達いなかったの?家族とかに相談できなかったの?心弱い子だったんだねって思われるんじゃないかって怖くて。
看護を学んでて、私はこんなような壁にぶち当たることが多い。
共感ってよく言うけれど、共感と同情はどうちがうのだろう?
私は同情なんてされると吐き気がするから
本当に自分のこと分かるはずのない人に分かったふりされるなんて気分が悪いと思ってしまう
何が正しい看護なのかときどきわからなくなる。
手術を前に怖いと話す患者さんに何も言えなかった。
ドラマ仁で、主人公の婚約者の女医さんが手術前日に言った言葉とその時の中谷美紀の表情が頭から離れない。“こんなに怖いんだね、手術される方って・・・”
理解しようと思っても、実際なってみないと本当には分かれないんだよ、きっと。
話が逸れたけど。
いつまでも避けてちゃ何も変わらないと思った。
やりたいことをやりたいなら、やってみなくちゃはじまらない。
私にとって3年間の集大成、一番楽しみにしている精神看護実習は最終クール。
後悔のないように全力を出し切りたい・・・!
メンバーにも恵まれていると思った。先生にも恵まれてる。
言いたいこと言える。やりたいようにやれる。
きっとみんなついてきてくれる。(ぶーぶー言うだろうけど)
先生もこれでもかってくらい十分すぎるくらい手をかけてくれる。
みんなにとってははずれでも私にとっては最高の当たりくじ。
すべてを、出し切る。
そのためにとりあえず勉強ww
あと、やっぱ人間第一印象だから、痩せなきゃwwwww
全然実習目的とは関係ないけれど、
自分にとって大変大きな学び・気付きがあったので
ここで発表します!
保健所実習の一環として、今日は精神障害者の就労支援施設へ実習に行ってまいりました。
その他にもこの一週間、保健所の取り組みとして精神保健に関することを多く学んできました。
指導者の方からよく聞かれる『精神障害者についてどんなイメージがある?』という質問。
世間にはまだまだ偏見が多い、という事実に関連してくるのだと思いますが
私にとって精神障害者は何も特別なイメージはなくて。良い意味でも悪い意味でも。
何故かというと。私の叔母は精神障害者です。
物心ついたときから身近な存在で、精神障害というものを知る前から彼女のことは知っていて。
周りから差別や偏見をもった目で見られていることにも幼いながらに気付いていて。
家族内でも特別扱いされていることに違和感を感じていて。
(それが私が両親に不信感をもつ一因でもあるのだが)
それがなぜなのか分からなかった。
確かに少し変わっているところはあるかもしれないけど、私は彼女を一度も障害者だなんて思ったことない。いい人だけどちょっと変わってるからってみんなに相手にしてもらえないただのおばちゃん。
だから私は、自分は精神障害者に対して偏見なんてもっていないと思っていた。
他の学生の模範解答みたいな『今までの精神障害者のイメージが変わりました!』みたいな感想に、ひとりポカンとして。私の感想は『家族内でも虐げられて生きてる彼女に比べて、ちゃんとした施設で生活させてもらえる人はのびのびしてていいなぁ』ってな感じで。別にイメージとか変わんないし。精神障害ってこんなもんだし、人間なんだからひとりひとり違って当然だしって。
自殺対策についても同じ。
身近な人との関わりを大切にすることが自殺対策につながることなんて身に染みて痛すぎるほど分かってるし、自殺件数が増えてて決して他人事ではない、身近な問題だなんて今更言うなよって思ってた。そんなの分かってるよ。
でも、『身近な親戚に精神障害者がいます』ってことも『大切な人が自殺しました』ってことも『一番興味のある分野は精神看護』ってことも口が裂けても言えなかった。
精神看護については、そんなん言うてるわりに勉強不足だからっていう情けなさもあるのだけど、前の二つに関しては必死に隠して、精神について何にも興味ありません~みたいな顔して隣の学生に倣って模範解答並べてた。
なんてバカなことをしてきたんだろう、と気付いた。
精神障害者の親戚がいるなんて、精神障害者の理解において私は周りより相当長けている。精神障害者家族の気持ちだって分かっちゃう。自殺に関しても、意識だって高いし残された人の気持ちだってわかってあげられるし・・・
私のセールスポイントになったはずなんだ。しかも自分の興味のある分野。周りの人と違う視点から考えられて、もっと学びを深められるチャンスだったのに。私にしか考えられない視点だったのに。激しく後悔!!!
そして大きな気付き。
“周りに言えない”
これこそ私が精神障害について偏見を持っているってことなんだ。
私が1番、偏見を持ってて差別してた。
言ったら何かが変わってしまうような気がしていた。
好奇の目、哀れみの目が嫌だった。
あくまで患者として接するから偏見はなくなったなんてみんな言うけど、
それが血のつながった親戚ならどうだろう?
ちょっと面倒臭いとか大変とか感じると思う。
なんていうか、感覚が違うんだよな。
別に、何でもないんだよ。ただの人間で、ただの家族なんだよ。
なんか、そこがずっとひっかかってて。
精神看護の専門の人でも、やっぱり精神障害者を対象として見てる気がする人もいて、
障害者家族の気持ちは本当にその状況にある人にしか分からないよ。
本当に分かるはずないのに、専門家だからと分かったように言われるのが嫌で。うまくいえないけど。
自殺に関しても、原因はいろいろって学んではいるけど、実際に彼のことを話したら
どんなひどい学校なの?どんな部活なの?ろくな友達いなかったの?家族とかに相談できなかったの?心弱い子だったんだねって思われるんじゃないかって怖くて。
看護を学んでて、私はこんなような壁にぶち当たることが多い。
共感ってよく言うけれど、共感と同情はどうちがうのだろう?
私は同情なんてされると吐き気がするから
本当に自分のこと分かるはずのない人に分かったふりされるなんて気分が悪いと思ってしまう
何が正しい看護なのかときどきわからなくなる。
手術を前に怖いと話す患者さんに何も言えなかった。
ドラマ仁で、主人公の婚約者の女医さんが手術前日に言った言葉とその時の中谷美紀の表情が頭から離れない。“こんなに怖いんだね、手術される方って・・・”
理解しようと思っても、実際なってみないと本当には分かれないんだよ、きっと。
話が逸れたけど。
いつまでも避けてちゃ何も変わらないと思った。
やりたいことをやりたいなら、やってみなくちゃはじまらない。
私にとって3年間の集大成、一番楽しみにしている精神看護実習は最終クール。
後悔のないように全力を出し切りたい・・・!
メンバーにも恵まれていると思った。先生にも恵まれてる。
言いたいこと言える。やりたいようにやれる。
きっとみんなついてきてくれる。(ぶーぶー言うだろうけど)
先生もこれでもかってくらい十分すぎるくらい手をかけてくれる。
みんなにとってははずれでも私にとっては最高の当たりくじ。
すべてを、出し切る。
そのためにとりあえず勉強ww
あと、やっぱ人間第一印象だから、痩せなきゃwwwww