社内には、メンタルヘルスケアの有資格者が何人かいる。
作成したマニュアルも、協会の方に褒められたと言っていた。
でも…
はっきり言って、あまり意味があるようには思えない。お勉強は出来るけど…みたいなパターンで、実際のところ、企業が本質を理解しているようには思えない。
実際、少人数の部の中で、私がかなり悪化した状態でも誰も気付かなかった。“何でも言ってね。資格持ってるから”…って言ってくれたことがあったけれど、話してもただ噂になるだけで意味が無いのは分かっていたから話さなかった。
私が初めてのケースなら、気が付かなくても仕方が無いかも知れないが、他にも何人か過去に事例がある。
資格を持っている…その人達が嫌いな訳では無い。
医者では無いから、それ以上を求めても仕方がないことも充分分かっている。
しかし、“教材を読んでテストを受けて受かりました”…それだけで、何の意味があるのだろう。
何度か話をしたことはあったが、逆にこちらが気を遣ってしまうので、話す事はやめた。
“意味が無い”
そう思ったのには理由がある。
まだ病気が悪化する前の話。
人身事故で電車が止まっていた時のこと。
「朝から死にたくなるような人っているのかな?」…そう言ってその人は笑っていた。
もう一度言いますが、
私はその人が嫌いでは無い。
むしろ、うちの会社の中では好きなほうだ。いろいろ気も使ってくれる。
けれど、その発言を聞いて、“やっぱり、テストはテストでしかないのだな”と思った。
厚生労働省では、“職場におけるメンタルヘルス等における指針”を提示しており、企業での積極的な取り組みを勧めている(義務付けらるのはこれからだったか、、この辺は少し違っているかも知れません。詳しくは、厚生労働省のHPに掲載されています)。
今後、積極的に取り組んで行く企業も増えてくるかも知れない。
“テスト”は誰でも受けられる。
“テスト”に受かれば、資格は手に入る。
しかし、それを無闇にかざされても、適した人が持っていないとまるで意味を成さない。
取り組むことは良いと思うのだけれど、根本的に何かが違う。
職場復帰してから約三ヶ月。
出社=完治と思われているが、そうでは無い。
責任ある立場になり、事務仕事は取調室のような小さな個室で行っている。畳1.5畳程の部屋だけれど、セキュリティ上監視カメラがついている。誰も居ないとは言え、緊張感は常にある。ちょっとしたことを相談する相手もいない。そんな環境の中で、孤独感も増して行くし、仕事上のストレスもある。
人数が少ない為、体調が悪くても休みも取れない。
眩暈や吐き気も相変わらず続いている。
事務室で、涙が止まらず頓服を飲む事も多々ある。
極力飲まないようにはしているが、頓服を飲まないと平常心を装って仕事に従事する事(部下の前では常に笑顔でいなければならないし、クライアントさんに対してもそうであるが)が出来ない。
「もう元気じゃないか?薬なんて飲んでいるから病気だと思い込んだり、悪化するんだよ。飲まないほうが良いんだよ。」
今日も言われた。
雑誌に書いてあったらしい。
こう言った言葉が一番キツい…。
薬を急に止めたり、飲まなかったりしたらどうなるか…
それは今の私だ。
病院が休業になってから一ヶ月と少したった。その間、薬は飲んでいない。新しい病院を探すのもパワーがいる。眩暈と吐き気は急な断薬のせいだと思う。どうにもならない時だけ、頓服でしのいでいる。
確かに過去、薬を大量に出す病院に当たったことがあった。あれは良く無い。身を持って体験済みだ。
今日も、業務が終わったらグッタリして、涙が止まらず、事務室で薬を飲み、1~2時間、動く気力も無く途方にくれていた。
“死にたい”
ミスをした、とか、理由が無くとも、そんな思いに脳内を支配される日も多い。
会話をする相手もいない為、思考の落下は止まらない。
“一人になったらなったで、前のほうが良かったって思うんだね”
とも言われた。
しかし、もともと、“一人”になりたかった訳じゃない。原因があって、病気が悪化して。その原因となる人と離れたかっただけだ。その時の仕事も手放したくは無かった。
私の為に、と思って今の場所を与えてくれたことも充分理解している。
でも、休みが取れないプレッシャーや、責任や、、、それも、やり甲斐があれば…休みが取れないことなんて、今までの自分なら、全く気にならなかったことなのに。
小さな小さな部屋で、世の中から隔離されたような、どうしてもそんな気持ちになってしまう。
わがままだと、そう捉えられても仕方が無い。
ただ、“もう治ったんだろ?薬は飲まないほうがいいよ。”
言われれば言われた分だけ、無理して平常心を保たなければ、と思ってしまう、その反動で、業後や土日に全く動けなくなる。
薬に頼り過ぎたり、ちょっとしたことで“病気だから”と、そこに甘えたり、しがみついたりする気はさらさらない。それを盾にするつもりも無い。
抜け出したい、だから苦しんでいる。
企業に推奨したり、各雑誌で取り上げたりするのは良い事だとは思うけれど、それが返って、“ただの甘えではないか?”と、誤認される要因になっていることも事実。
確かにそう言う人もいる。私も何人も知っている。でも、“脳の病気”として、きちんとした先生のもと(あえて“きちんとした先生”と書いたのは、残念なことに、治癒=薬を大量に処方すれば良い、と言う儲け主義の医者が未だ沢山いるからだ。)前向きに治療に取り組んでいる人も沢山いる。
TVや雑誌で得た“知識”で、決めつけないで欲しい。
さらに、そこに“資格”と言う看板が掲げられると、さらに危険なことにもなりかねない。
資格を取るのは良いが、適した人材を選ばないと、それは全く意味を成さない。
そんな事よりも、職場環境の見直しや、パワハラ、モラハラをする人達のヒューマンスキルのUPなど、根本的な原因を見直さなければ何も変わらない。
体調も悪化しているけれど、休むと、部下達がお昼休憩すら取れなくなるので休む訳には行かない。
人を“道具”だと思っている以上、形式だけの取り組みなんて意味が無いと、そんなことに気付く人が増えれば、その取り組みは意味あるものになるかも知れない。
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