高城剛さんのメルマガに質問が載ったので、以下より転載する。


┃高┃城┃未┃来┃研┃究┃所┃【Future Report】
Vol.383
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/ 2018年10月19日発行 /


【Q】

北海道在住のただの通りすがりの男(30代)からの質問です。
先日、北海道全域で約2日間に渡って停電が起こった時に、夜空がこんなにもキ
レイであったこと、テレビやスマホなどの電気製品がない生活がとても快適であ
ったこと、信号が機能しないことで運転しやすかったことなど、停電生活も良い
ものだと思いました。
我々は、電気に依存した生活を送ることで、それを維持するために時間とお金と
幸せが奪われていることもあるのでないかと考えるようになりました。
ひょっとすると、電気のなかった縄文時代の方が人間として幸せであったのでは
ないかと考えます。
高城さんは、これからの時代に電気のない「不便」を求めるようになると思いま
すか?
そして、100年200年後には縄文時代のような電気に依存しない生活に原点回帰す
ると思いますか?

【 A 】
ここ数年、僕は「圏外」に出ることを、多くの方々に推奨しています。
僕自身も、毎年必ずスマートフォンの電波が届かないどころか、電気のない場所
に出向き、一週間程度は過ごすようにしています。
初心忘れるべからず、と言いますが、いまから見る不便さも含め「人類の初心」
を現代人は忘れてしまっていると最近強く感じ、「本来の人間の力」を失ってし
まっているように思うのです。
電気や食生活に限らず、おそらく「心」や「生命力」も。
アーミッシュや本物のユダヤ教徒は、いまでも電気を使わない生活を取り入れま
す。
このようなライフスタイルが、決して正しいとは思えませんが、誰もが「行き過
ぎたなにか」を是正しなければいけないのは確かです。
宗教だけではなく、個々が信念を持ち、方法は問いませんが「行き過ぎたなに
か」を是正し、「本来の人間の力や心」を取り戻す必要があるはずです。
せめて月に一度は、スマートフォンの電源を切り、「なにかを考える日」を誰も
が持つべきだと思いますが、広告依存した現代社会で、それを言う者は抹殺され
ますので、こっそり自主的にその機会を設けるしかありません。
これが、「現代社会で理性的に生きる」ひとつの術のように思うのです。
たぶん、お求めの「幸せ」にも通じます。



以上転載終わり。

いかに現代社会とゆるやかな距離を置けるか。この距離感が、今後の幸せを形成するのではないか、と、この回答を見て思う。