“ドア”使いの青年は苛立っていた。今日はDPU襲撃という特別な依頼を受け、裏社会で名を上げるチャンスだと意気込んでいたのに、朝から気を削ぐような出来事ばかりだったのである。
朝メシは買い置きのインスタント麺を切らしていたためお預け。今回の襲撃をオファーしてきた<依頼者>が集めたという30名ほどの強襲部隊は手際が悪く期待通りの働きをしてくれない。おまけに“パスポート”が押収されている地下保管庫への昇降口は、セキュリティシステムがお高くとまったお嬢様のようにガードが固いときていた。肝心の<依頼者>も合流時間を過ぎたのに現れないし、まったくどいつもこいつも……ドス黒い感情が彼の中で渦巻く。
そうしているうちにDPUの死に損ない……おそらくは捜査官だと思うが、自分と同年代の男女職員が銃を片手に現れて、通路の向こうから銃撃戦を挑んできた。あらかじめ机やら椅子やらを集めて弾よけを作っておいたから良かったものの、手下たちが期待に添う仕事をしていれば、こんな面倒に巻き込まれなかったはずだ。それに……
「見てくれ、アレを! あの床に転がったサングラスを!」
“ドア”使いの忍耐は限界に達していた。銃弾が飛び交う状況にも関わらず、そばにいた兵士の胸倉をねじあげる。
「お気に入りだぞ!? それがどうだ! 流れ弾に弾かれて、見ろ、……見ろ! 亀裂がまるで蜘蛛の巣だ! みっともない!」
そして銃口を兵士の頭に突き付ける。
「いくらしたと思ってる? ん? いくらだ言ってみろ!」
「ぬ……盗んだものでは……?」
戸惑う兵士の言葉を最後まで待たずに、“ドア”使いは彼の頭を吹き飛ばした。そしてポツリと呟く。
「ああ……そうだったな」
壁の陰に身を潜めながらその様子をうかがっていた上杉は、誰となく「仲間割れですかね?」と呟いた。しかし昇降口前に陣取っていた兵士に狙い撃ちにされ、すぐに顔を引っ込める。「どう思います、中原さん?」
「さあ。それより僕は、あのセキュリティに興味があります。施設内の要所はあいつらに占拠された。電源管理室だって当然抑えられているでしょう。ならばなぜ、奴らは電源を落として侵入しないのか……」
すると今度はミィが答えた。
「保管庫自体が独立した超科学オブジェクトで、電源管理室からの動力供給を受けていないの。それに保管庫は四次元空間に浮いている状態だから、アクセスできるのは特定の出入り口だけ。うっかり“ドア”を使って侵入しようものなら、四次元空間に投げ出されて永遠に迷子ね」
「つまり……地下保管庫ってのは、本当に地下にあるわけではない?」
「そういうこと」
「なぜ“ドア”では侵入できないんです? ほら、放り出されるって……」
「四次元空間は、ある一定のパーティションに区切られて運用されているの。保管庫は政府に割り当てられたいわば“公用地”ね。昇降口はその公用地の座標を固定するためのタグで、人員を保管庫へ移動させるための転送装置でもあるわ。私たちはその限定された空間を“四次元空間ポケット”と呼んでいるのだけど、私有地であろうが公用地であろうが、人為的に操作された空間には限られたポイントでしかアクセスできないってわけ。技術的なことはまた今度、時間がある時にじっくり教えてあげる」
「資産として扱われるなら、『土地転がし』なんかも横行しそうですね」
“ドア”使い一派に何発かお見舞いして、上杉が茶化すように言った。するとミィは硬い表情を崩さず、「……ええ、裏社会では大きな社会問題になっているわ」と呟く。思わず顔を見合わせる中原と上杉だが、ミィが「……冗談よ」と付け足したことで自然と笑みがこぼれた。
『――待たせたな、応援が到着した』
各人が耳に装着した小型コミュニケーターから、剛田本部長の地鳴りのような声が響いた。中原たちは互いに視線を交わしつつ、しかし銃撃の手を緩めずにコミュニケーターに意識を集中させる。
『これから概要を伝える。そちらにも人員を送ったから、到着まで“ドア”使いを足止めしておけ、以上だ』
その頃、事実上の作戦本部として機能していたミーティング・ルームでは、作戦開始に向けて急ピッチで準備が進められていた。
狭い一室ではどうにか難を逃れたアナリストたちがラップトップのキーボードを熱心に叩いているが、いずれもメガネに亀裂が走っていたり、シャツに血が飛び散っているなど、万全な状態とは言い難い事情が見て取れる。剛田はそんな彼らの仕事ぶりを改めて確認すると、骨川管理官、そしてモニターに映し出された強制執行チームを満足げに見渡した。
「――さて諸君、これからテロリストに制圧された施設内各所の奪還を開始する」
誰もが剛田本部長に熱視線を注いでいた。壁面の大型モニターに投影された監視カメラの映像も、カメラの向こうにいる剛田に集中するように見上げる中原たちや、強制執行チームの姿を捉えている。
「奴らの襲撃を受け、我々は多大なる損害を被った。仲間を殺されたし、強制執行チームも半数が負傷または手当てを受けている最中だ。その屈辱、100倍にして返してやれ」
そして剛田本部長は、ここぞとばかりに声に力を込める。
「幸運を祈る!」
5人編成のチームが中原たちの元に到着したのは、その号令がまだ耳の奥で余韻を残しているくらいのタイミングでだった。いずれもヘルメットとゴーグルで顔を覆っているが、鋭い眼差しからは「殺る気」が伝わってくる。先ほどまで“ドア”使いに弄ばれ、しかも施設内への強襲を許してしまった……。そんな、恥辱と憤りの眼をしていた。
『――ミィ捜査官、そろそろ応援が到着した頃だと思うが、そちらもチームと協力して目標を確保しろ。今からお前が現場指揮官だ』
「了解」。剛田に応答し、ミィは到着したばかりの強制執行チームを迎えた。「紹介するわね。彼は本日付で着任した中原捜査官。中原捜査官、こちらチーム・アルファ指揮官の楠さん。上杉くんの直属の上司よ」
「楠です、よろしく」
「中原です」
そして楠は銃撃を続ける中原と視線を交わすと、今度は不思議そうな表情を浮かべながらミィに向き直った。
「……彼、本当に新人ですか?」
「ええ、書類上はね」
楠は何かを言おうとするものの、上杉の姿が視界に入ると直感のさざ波をひとまず横に置き、ゴーグルの隙間から覗く、優しくも力強い眼差しを信頼する部下に向けた。
「上杉! 留守をちゃんと守ってくれたようだな」
「そんな、僕だけでは……。お二人がいてくれたおかげです」
「お話し中、ごめんなさい。準備はいい?」
割って入るようにして、ミィが凛とした声を上げる。
「――みんな、やることは解っているわね。断りもなしに私たちの“ホーム”に土足で踏み込んだ、あの不作法者を蜂の巣にするの。殺された仲間たちの敵討ちよ。ただし“ドア”使いは生きたまま捕獲して、以上」。ミィはマガジンを交換して、「ジャキッ」とスライドを引っ張った。
「よし」。巨体を揺らしながら楠が一同を見渡した。「お前とお前、それと上杉は一緒に来い」
ミィがチラリと中原を確認した。彼は周囲に気取られないよう、わずかに首を振っている。確か中原は、上杉が“ドア”使いのスパイだと言っていた……。
「……待って、私が行きます。上杉くんは作戦行動に不慣れな中原くんを守って」
チラリとうかがうと、中原がやや驚いたような表情をしていた。上杉に対する彼女の気遣いを意外に思っていたのである。しかしすぐにミィの視線に気付いて小さく頷く。「それでいい」ということだ。
「どうだ、やれるか?」
「は……はい、もちろんです楠さん!」
「それじゃ、狐狩りを始めるぞ」。楠が先頭に立ち、ミィに自動小銃を手渡す。「スリーカウントの後、突入開始だ。いくぞ、スリー、ツー、ワン!」
それからは慣れたものだった。楠のカウントダウンで踊り出したチームは、まず隊員のひとりが催涙弾を通路の向こうへと転がす。同時にバックアップが援護射撃を開始。さらに弾幕を縫うようにして楠たちが突撃した。
その間、わずか瞬き一度。まるでミィを含めたチーム全体がひとつの生物であるかのように息を合わせ、一斉に“ドア”使いに襲いかかったのだ。
しかし“ドア”使いもただ傍観していたわけではない。催涙ガスで周囲の視界が乳白色に染まる中、数と装備に押されて手下たちが次々と仕留められると、迷うことなく逃走を選んだのである。
「来ない<依頼者>が悪い……!」
呟くと同時に腰の後ろに手を回し、ベルトにつないでおいた“バッグ”から“ドア”を引っ張り出す。こいつがあれば負けることはない。ミィと楠に向けた笑みは「追えるものなら追ってみろ」と言わんばかりだった。
だがその笑みが不意に驚愕のものに変わり、次の瞬間には苦悶に歪んだ。原因は一発の弾丸だ。「ダン!」……勢いよく飛び出した一発は、楠の頬をかすめながらわき目もふらずに直進すると、「キンッ!」「キンッ!」……ぶつかって火花を散らしては、その弾道をあらぬ方向へと変える。そして弾よけの奥にいた“ドア”使いの背後から襲いかかり、“バッグ”掴む手を貫いたのだ。
「クリア!」
ミィの凛とした声が響いたのは、突入から1分と経たない頃。乳白色が薄いベールを張る昇降口の前には、撃ち抜かれて絶命した兵士たちと、ミィに組み敷かれた“ドア”使いの姿があった。
楠は“ドア”使いに銃口を向けつつ、綺麗に撃ち抜かれた彼の手のひらに注目していた。確か突入のさなか、どこからともなく弾丸が放たれて“ドア”使いの逃亡を阻止した。乳白色のガスで良好な視界とは言えない状況ではあったものの、彼は確かに見た気がしたのだ。弾丸が頬を掠めた瞬間に、彼の背後で銃を構えたまま立ち尽くす中原の姿を――。
まるで計算し尽くしたように角度を変えて“ドア”使いの手を正確無比に捉えた跳弾。まさかそんな神技を、あの“新人”がやってのけたとでも言うのか? そこまで考えて、楠はまるで自分が宇宙人の存在でも語っているかのような気分になり、脳裏に湧いた妄想を振り払った。いくらなんでも、それはない。そうだ、今は任務に集中しなければ……。
「本部長、ターゲットを確保しました」
『ミィ捜査官か。拍子抜けするほど、あっさり片付いたな』
「流れ弾が“ドア”使いの逃亡を阻止したようです。私たちはついていました」
ミィは“バッグ”を回収しながら淡々と報告していた。しかし薄笑みを浮かべる“ドア”使いの爬虫類のような眼差しに気付き、会話を中断して「なに?」と向き直る。
「いや……なんでもない」。しかし、ニヤリ。“ドア”使いはこらえられない様子で、また笑みを漏らす。
「言いたいことがあるなら今のうちよ。そのうち尋問で、喋りたくても喋れなくなるわ」
「ふふっ……そいつは無理だ」。そして“ドア”使いは、強制執行チームの隊員のひとりを見上げた。
「いるならそう言えよ。ったく、とんでもねえ<依頼者>だ」
「…………!?」
弾かれたように身を翻した中原が、その隊員に銃口を向ける。しかし名もなき隊員は素早く身体をひねると、中原が狙いをつける前に彼を蹴り飛ばした。それはまるで、中原の反撃を知っていたかのような反応――。
「撃て!」。一瞬遅れて楠。しかし名もなき隊員は重心を低く構えると、またもや一瞬先に動き、チームが反応する前に次々と昏倒させていく。その見事な身のこなしに、楠は忌々しそうな表情を浮かべながら、ギリッと奥歯を噛みしめた。
「この動き……!?」
「駄目です、ミィ捜査官!」
無防備なまま棒立ちになる彼女に気付いて、上杉が咄嗟に銃を構えた。だが名もなき隊員はその動きにも敏感に反応し、まるで瞬間移動でもするかのように彼の前に現れて、中原と同様に冷たい壁へと蹴り飛ばす。
それらはまるで、突風が吹いたかのような出来事だった。
チームはたちまち打ち倒され、楠も重い一撃を食らってうずくまる。中原はどうにか身体を起こそうとするものの、予想以上のダメージで意識が朦朧としているようだった。剛田本部長がコミュニケーターの向こうで必死に呼びかけているが、それに応えられるほどの余裕は誰にもない。
中でも心配なのが上杉だった。彼は壁に激突した際に頭を打ち付けたのか、後頭部からわずかに流血してピクリとも動かない。そんな状況でミィだけが立ち尽くしていた。
「まさか……そんな……」
ゆっくりと近づく名もなき隊員に対して、ミィは抵抗する意志さえ見せない。ゴーグルとヘルメットの向こうにある素顔に視線を据え、すがるように手を伸ばす。
「……やっぱり」
その震える手をゴーグルにかけた。
「やっぱり……そう、なのね」
名もなき隊員の、悲しみに彩られた眼はしっかりとミィを捉えていた。しかし彼女に対しては何の反応も示さないまま、ゆっくりと持ち上げた銃口を彼女に据える。
「くっ……クソッ、捜査官……ミィ捜査官!」
なんとか意識を回復させようとする中原。そんな彼の呼びかけに応じる気配もなく、ミィは名もなき隊員に涙声で告げた。
「こんなの……こんなのってないよ……。ねえ……野比さん!」
その瞬間、名もなき隊員……いや野比元捜査官の銃が、乾いた破裂音を発した。
……つづく