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気賀沢昌志のブログ

雑誌や書籍の編集・執筆、たまーにシナリオを担当させて頂いております。
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 桜並木に舞う花びらは、漆黒のベールをまとった大通りに溶けることなく、ひらひらと鮮やかな桃色を瞬かせていた。それは黒衣の未亡人に浴びせられる紙吹雪のようで、狂気じみた光景にも感じられる。

『ついに私も狂ってしまったか……』

 <博士>は盗んだピックアップトラックのハンドルを握りながら、舞う花びらを見て、ふとそう思った。

 先ほどから彼を追いたてるのは、一刻も早く目的地に到着したいという焦燥感。白衣の内ポケットから金細工の懐中時計を引っ張り出しては秒針を睨みつけるのだが、それを何度繰り返したところで、彼の眼光に震えあがった秒針が時を早めることはなかった。

 時計の針が頂点を越える時間帯となると、さすがの電都・東京府も静寂を取り戻していた。こんな時間にフラフラと出歩くのは夜警の憲兵くらいのもの。たまに対向車のヘッドライトに悩まされるが、<博士>がためらわずにアクセルを踏み込むと向こうから道を譲ってくれる。だがあえて対向車に向かっていくのは、我が物顔で夜の公道を逆走したいからではない。

 <博士>がチラリとバックミラーを確認すると、そこにはへばりつく警邏車両があった。しかも4台。<博士>がハンドルを右に切れば右へ。左に切れば左へ。まるでカルガモの引っ越しだ。しかも憲兵隊は窓から腕を伸ばしては「ズダン!! ズダン!!」と容赦なく発砲してくる。

 それに対して、助手席と荷台に陣取ったスーツ姿のロボット・ギャングは、ピストルで「パン! パン!」と応戦していた。しかし狙いがお粗末すぎて命中する気配はない。取り柄があるとするなら、憲兵隊の弾丸がバックミラーを打ち抜き、四散させても動じないことくらいか。地蔵よりは多少マシな程度だ。そんな状況だから<博士>は、捕まってなるかという気持ち、そして先を急ぎたい気持ちに揉まれながら焦燥感を募らせていたのである。

 やはり身代わりにするはずだったギャングを、感情に任せてモルモットにしたのが失敗だったか……。後悔したところでもう遅い。彼の犯行は憲兵隊の知るところとなり、こうして大捕物に発展してしまった。ならば今は一刻も早く追跡を振り切って合流場所に急がなくては……。そして<博士>は、また金細工の懐中時計を取り出して秒針を睨み付けた。

 一方、<博士>のピックアップトラックのテールランプを見つめていた上等兵もまた苛立ちを募らせていた。遺物の奪還命令さえ出ていなければ、自慢の銃の腕でタイヤを撃ち抜いてやるのに……。だが<財団>からの要請とあっては無視できない。間違ってピックアップトラックを横転でもさせたらと思うと、めったなことはできなかった。

 カーキ色の軍服に身を包んだ上等兵は、運転席でハンドルを握る部下に、「前へ出られないか?」と問う。しかし彼は困った顔をするばかりだ。上等兵は「探偵なら何とかしてくれるのだが……」と呟くが、すぐにそれは不毛な考えだと思い直して<博士>のピックアップトラックに集中した。

「上等兵は……あの車か!?」

 ビルの屋上から屋上へ、黒い霧のような姿で移動していた影男は、眼下でカーチェイスを繰り広げる5台の車にようやく追いついた。彼は影になった状態のまま宝剣を取り出すと、赤い目が特徴的なゴーグルを通して適当な通信波を見つくろう。そして飛翔しながらでも扱えそうな通信波に宝剣を重ね、<財団>へメッセージを飛ばした。

「……こちらへは極力、接触しないようにと申し上げたはずですよ、ロボット探偵さま」

 応答したのは<令嬢>つきの、いつもの執事だ。

「<博士>の逃走経路を知りたい」

 前置きもなく要求だけ伝える影男に、執事は小さなため息をつく。それでも<令嬢>の手足となって働く者ならと気を取り直した。

「お待ちを……」

 影男は<博士>のピックアップトラックに視線を移した。……まただ。また<博士>は同じ大通りに入った。

「……お待たせしました。先ほどから同じ区画を不規則に逃走していますが、一度だけ、万世橋の方面に向かおうとした形跡があります」

「……ありがとう」

「礼なら目をつぶってくださる<令嬢>に。それより探偵さま、いい加減、助手をお雇いになられたらいかがでしょうか」

「……そのうちに」

「おっしゃって頂ければ、こちらでいい人材を探して差し上げますよ。それでは」

 影男は警邏車両の先頭を行く上等兵の車体に狙いをつけると、吸い寄せられるようにしてその上空へ降下する。そして霧状から実体化すると、「ベコン!」とルーフ部分に着地した。

「憲兵さん」

 憲兵隊の無線に割り込んだ影男に、上等兵は突然、車内からルーフ越しに「ズダン!! ズダン!! ズダン!!」と発砲した。……苛ついてるな。影男は咄嗟に後続車両のルーフへ避難する。……やはりだ。上等兵がこちらへ振り向いて何かを叫んでいる。あれはきっと、毛嫌いする影男に「邪魔をするな!」とでも言っているのだろう。だが走行中の車両の上では聞き取ることができない。ひじょうに残念だ。いや、本当に。

「憲兵さん、奴の目当ては万世橋の向こうだ」。影男は割り込んだ周波数で警邏車両の全車に向けて無線電波を飛ばす。「<スイッチ>を取引に使うつもりかもしれない。以前から問題になっていただろう、あれさ。遺物の流出を阻止する絶好の機会だよ」。

「どこからそんな情報を?」

「……とにかく、頼みます」

「うむ……」。唸ると、上等兵は無線に怒鳴った。「聞いた通りだ、応援をそっちに回せ! 探して捕らえろ!!」。そこへまた、「パン! パン! パン!」とロボット・ギャングの反撃。ピックアップトラックの運転席では、<博士>が後続車両の動きに目を光らせながら「……怪人影男か、忌々しい東京府の亡霊め!」と毒づいた。

 そして彼は「どけ!」とロボット・ギャングを押しのけると、ルームミラーを確認しながら助手席下のアタッシュケースを探る。こうなったら<スイッチ>で蹴散らしてやる! まだ使い方はよく分からないが、教団Xが興味を示すほどの代物だ。きっと神罰の如き威力を持った兵器に違いない。だから取引を持ちかけた。だから研究員の犠牲にも目をつぶった。すべては死者をも甦らせるという古代のご神体<ビックリマン>を手に入れるために……。

 <博士>は金細工の懐中時計を取り出すと、文字盤の下に隠された写真に視線を落とした。黒く長い髪に白いドレス。年齢は30歳を越えたあたりだろうか。夕日を背に笑みを浮かべる、彼女の優しい眼差しが<博士>の心をズキリとえぐる。

「待っていてください、必ず……」

 そして<スイッチ>を封じ込めたアタッシュケースに手を伸ばした。

 研究員の最新の報告を信用するなら、これは破壊を司る、爆弾男と呼ばれる精霊を召喚するものらしい。徹夜で研究してもなお、目を輝かせながら報告してくれた部下は、本当に楽しそうに語っていた。どれだけ時間があっても研究したりない、まだやれると直訴したのを、目の下の隈を心配した<博士>が強引に帰らせたのである。あの時にちゃんと報告を聞いておけばよかった。取引の段取りばかりに気を取られて、研究員に任せっぱなしにしたのが裏目に出たな……。<博士>は後悔する。

 さて本当に使うべきか、それとも大事な商品に手を付けずに別の方法を考えるか。しかし<博士>に迷っている暇などない。走行中の警邏車両から警邏車両へ、影男が飛び移りながら接近しようとしている。

「ならばここは、実験に付き合ってもらうとしよう……」

 影男が上等兵の車両に飛びつく様を、ルームミラー越しに確認しつつ、<博士>は白衣の内ポケットから小箱を取り出した。中身は5本の薬液とピストル型の発射器だ。<博士>は片手でハンドルを握りながら、即座に薬液型のカートリッジを発射器に差し込む。その時だった。「……ズン!」。ピックアップトラックが小さく揺れたかと思うと、ルーフに乗り移った影男が、宝剣で何やらロボット・ギャングに細工をはじめた。

「シャッ! シャッ! シャッ!」。<博士>には影男の行動がまるで理解できなかった。しかし影男の赤い視界の中では確実に変化が起こっていた。影男が自らの身体を暗黒色に染めたように、ロボット・ギャングが感知していた可視光線を宝剣で断つことで、ロボットたちの視界……いやカメラアイを一時的に使用不能にしたのである。

「厄介な……!」

 唐突にジタバタと暴れだすロボット・ギャングの様子から、「視界」を一時的に奪われたのだと判断する<博士>。自分もそうされてはたまらないと、窓から手を伸ばし、影男に薬液を発射した。「ジャパッ!」。しかし影男は素早く飛びのいて、上等兵の車両のルーフへ避難する。目標を見失った薬液は、不幸にもその方向を走行していた警邏車両にかかり、運転していた憲兵もろとも車両をドロドロに溶かしていった。そして制御を失った車両は、そのままカーブを曲がり切れずにレンガ壁のビルに突っ込んで炎上する。

「これはまあ成功か……だが完全じゃない」

 <博士>は哀れなモルモットの末路を確認して不満げに呟く。

「残りの薬液はあと4本……しっかりと効果を見せてもらうぞ」

「なんだアレは!?」。影男をルーフに乗せたまま、上等兵が思わず声を上げた。すると影男は無線に割り込み、「<博士>が<財団>に来る前に研究していた融合薬だ」と告げる。

「無機物と有機物、有機物と有機物……細胞レベルで融合する薬液を開発することで、新たな治療薬にするつもりだったらしい」

 そうしている間にも<博士>は、第二、第三の薬液を放ち、上等兵の後ろを走っていた警邏車両を爆発させ、あるいは研究所に放置したギャングのようにドロドロに溶かしてしまった。上等兵の車両も爆風の煽りを受けるが、ハンドルを握っていた憲兵が「キキキキ!!」とどうにか立て直す。

「よくやったぞ。新兵!!」

「お誉めに預かり光栄です上官殿!! ……でもこれで、あとは自分たちだけですね……」

「チャンスだと思え、初手柄といこうじゃないか」

「しかし、我々には、もう……」

「そんなことはないさ。利用できるものは利用しろ、それが気にくわない奴でもな」

 そして上等兵は、影男に合図を送るように「バン、バン」とルーフを二度叩いた。

「……任せろ」

 無線機からは影男の落ち着いた声。すると憲兵は、上等兵の威嚇射撃で一瞬、スピードを緩めたピックアップトラックに、アクセルペダルのベタ踏みで一気に迫った。

「いいカモだ……」

 まっすぐ突っ込んでくる警邏車両をルームミラーで確認し、<博士>が好機とばかりに発射器の照準を影男に定める。

「電都・東京府の亡霊……成仏しろ!」

「パシュッ!!」。影男がピックアップトラックのルーフめがけて跳躍したのと同時に放たれる薬液入りの弾丸。それは勢いよく宙を舞う影男の、無防備な額を捉える。

「厄介な怪人め、お陀仏だ!!」

 <博士>が勝利を確信した、まさにその時だった。「……スッ」……薬液入りの弾丸は影男をすり抜け、そのまま猛烈に追い上げる警邏車両さえ通りすぎて、あっさり地面に落下してしまった。

「な……なんと!?」

「……こっちだ!」

 狼狽する<博士>をよそに声を上げた影男が、唐突にピックアップトラックの下から現れた。そしてそのまま助手席のロボット・ギャングを引きずり降ろして運転席の<博士>に迫る。

「残念だね<博士>。蜃気楼さ。電磁波である光をこの宝剣で屈折させ、あたかもそこに存在するかのように見せた幻影だよ」

「クソッ! 振り落としてやる!」

「キキキキキキキキ……!」。タイヤを軋ませながら蛇行するピックアップトラック。「…………!?」。バランスを崩した影男は、転んでもただでは起きないぞとばかりに、咄嗟に伸ばした手でしっかりと<スイッチ>のアタッシュケースを掴む。そしてそのままレンガ敷きの地面を転がった。

「それは私のものだ、返せぇぇぇぇぇ!」

 それが<博士>の最後の叫びだった。よろめくピックアップトラックは<博士>を乗せたまま府立動物園の柵を突破し、そのまま檻のひとつに突っ込んで停止。ひしゃげた運転席では、残りひとつの薬液が空気と化学反応を起こして爆発した。

「<博士>!」

 思わず影男が駆け寄ろうとするが、すでにピックアップトラック周辺は猛烈な火の海で近付くことさえできない。

「無駄だ、怪人! あれじゃ助からない……」

 遅れて到着した上等兵が止めなければ、今ごろ影男は火だるまになっていただろう。もともと薬液は警邏車両を爆破させるほどの威力だ。はたして遺体が判別できる状態で残っているかも怪しい。

「これは……」

 爆発で飛ばされたものだろうか。上等兵が、蓋の部分がひしゃげた金細工の懐中時計を拾い上げた。いや、すでに金細工だったことも分からないほど焼け焦げ、無残な姿を晒している。もちろん中に収められていた写真も、わずかな紙キレがへばりついているだけで原形をとどめていなかった。

「哀れな<博士>の、想いの欠片……か……」

 その後、駆けつけた衛生兵たちが<博士>の遺体を確認しようとしたが、骨まで燃やされてしまったのか、何も残っていなかったという。面倒なことにならないよう、ひと足早く現場を離脱していた影男は、その様子を近くのビルの屋上で、じっと見つめていた。


<つづく>