Passport① | 気賀沢昌志のブログ

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「……クリア」

 

 薄暗い室内を鋭い視線で一瞥し、中原は、懐中電灯を持つ手で固定した銃口をゆっくりとおろした。ここに脅威は存在しない。安全を確認。そうやって武装集団に注意を払いながら、尋問室にまた一歩近付く。

 

 ミーティング・ルームを出た中原、ミィ、上杉は、戦闘の爪痕がまだ生々しい通路の惨状を横目に、早足で施設の奥へと進んでいた。武装集団の目的はまだ分からない。DPUを潰すことなのか、それとも別の目的なのか……。

 

 武装集団の兵士は言っていた。「どこに隠した」と。上杉はそれが、今回のテロ事件の共犯者のことだと思ったらしい。そこで一同は、共犯者が拘束されている尋問室へ向かうことにしたわけである。しかし上杉自身、彼の知らないところでスパイの疑いがかけられており、その言葉を鵜呑みにできない事情もあった。

 

 テロリストがどのようにしてDPUの所在を突き止めたのか不明だし、侵入のきっかけとなった停電も原因が特定されていない。不自然な点を「スパイの手引き」というパズルのピースで埋めれば、ピタリと当てはまることばかりだ。もともと上杉の尻尾を掴むために上層部から送り込まれた中原は、そのことを肝に銘じた。

 

「強制執行チームの到着まで持たないかも……」

 

 通路の真ん中でミィが呟く。その視線の先には、銃を握ったまま白目をむいている女性の骸があった。

 

 女性の顔立ちはまだ若く大学生くらい。自己主張の強いロゴをあしらったTシャツは緊張感がなく、政府の施設には不釣り合いである。それでも着用が許されるのは、つねにストレスに晒されるアナリストの特権だ。両手でしっかりと握られた銃は、今日、はじめて手にしたのだろう。不自然なほどまっすぐ肘を伸ばした姿勢からは、戦闘慣れしていない印象が伝わってきた。

 

 しかし仲間の無残な姿を目の当たりにしても、ミィは表情を変えなかった。

 

 傷口に触れ、その白魚のような指先を赤黒く汚しても眉ひとつ動かさない。女性の目尻から流れる涙をすくっても、ミィの黒目がちの瞳は揺らぎもしなかった。そして期待していたものが得られなかったミィは視線を落として静かに息を吐く。ため息とは違う、黄昏の吐息を。

 

 中原はその様子を静かにうかがっていた。でも声をかけることはない。普段通りの冷たい眼差しで、じっと見守るのみ。

 

 その一方で上杉は、非戦闘員が自分の身を自分で守らなければならない理不尽な状況に、唇を噛みしめていた。

 

「僕が守らなきゃいけなかったのに……」

 

 その瞳には燃え上がるような感情が宿っている。それは同情なのか、中原たちを騙すための演技なのか……。

 

 作戦フロアからやってくるまでの間、施設のあちらこちらで職員の骸を目の当たりにしてきた。そのいずれもが胸のあたりを一発で射抜かれ、床を真っ赤に染め上げている。それは武装集団が能力を有している証拠だ。壁面も綺麗で、無駄弾を使った形跡がない。

 

 ――どれだけの職員が生き残っているのか。

 

 中原も、上杉も、ミィもそう思わずにはいられなかった。でも喉まで出かかっていた言葉を、やっとの思いで飲み込む。言葉にしたら、負の思考がとめどなく溢れるような気がしたからだ。それなのに、その努力は虚しくも打ち砕かれる。

 

「……遅かったみたいですね」

 

 尋問室の状況を確認して、上杉は深いため息をついた。

 

 このブロックは管理用のゲートを抜けると、一本の通路を挟んで、左右に6つの扉が並んでいる。普段なら警備部の人間が厳重に出入りを管理しているところだが、今はショットガンを握りしめた警備員が蜂の巣にされているばかりか、すべての扉の電子ロックが解除されていたのである。

 

「共犯者が拘留されている尋問室は?」。中原の問いに、上杉が「6番です」と答えた。「行こう」。中原は電子ロックが解除されていることを確認すると、ためらうことなく6番のドアに手をかけ、片手で銃を構えながら、薄暗い内部にそっと足を踏み入れる。

 

 敷居をまたいだ先にあったのは、尋問室の様子を監視するモニタリング・スペースだ。4人も座れば身動きできなくなるほどの狭い空間に、様々な機材や、監視用のモニターがひしめいている。そして尋問室と接する壁面は全面がマジックミラーになっており、尋問の様子を逐一監視することができた。

 

「尋問室を見てきます」。そう言ったのは上杉だ。彼は尋問室に続く唯一の扉を慎重に開けると、まずは内部をじっくりと見渡す。そして入室と同時に扉が自動的に閉じると、その「プシュッ」という音に、思わず身体を震わせた。

 

 上杉を目で追っていた中原は、彼の情けない姿に、つい口元をほころばせる。しかしミィは相変わらずの淡々とした様子で、「あんな小心者に、スパイなんて務まるのかな……」と仏頂面で呟いた。そして中原のいぶかしむような視線に気付くと、「これでも私はレベル5の機密アクセス権を持っているのよ。あなたが何者で、なんのために“新人捜査官”としてやって来たかくらいは把握してるわ」と取り繕った。

 

「すべてを把握している? ということは、上杉執行官のことも」

 

「ええ」

 

「僕のことも?」

 

「もちろん」

 

 当然のように断じるミィ。そこで中原は、この際……と、胸の中に納めていた疑問を切り出した。

 

「ミィ捜査官、あなたは未来から派遣された連絡員だと聞きました。でも剛田本部長にも伝えられていない機密にアクセスできるということは、ただの連絡員ではないでしょう?」

 

「いえ、剛田本部長が説明したとおり、私は時空管理局から派遣された連絡員です」。淡々とした口調で告げながら、ミィは細い腕を胸の前で組む。しかしいくら彼女が威厳を示そうとしても、黒目がちの愛らしい容姿では迫力がない。

 

「私の任務は、現地捜査官をサポートしながら、航時法を犯す時空犯罪者を捕え、あるいは歴史改変を阻止すること。剛田本部長が伝え忘れたとしたら、それはこの組織を本来の意味で統括するのは防衛省でも公安でもなく、時空管理局だということ。つまり、私の方が上……」

 

「それにしては回りくどい。未来から来たのなら、過去の出来事はすべて把握しているはず。こんな事態だって阻止できたでしょう」。中原は一拍置いて、語気を強める。「そう、誰も……死なずに済んだ」。

 

「……できない」。そしてミィは薄笑いを浮かべた。「私、歴史を大きく変えないように記憶を消されているから」。

 

 中原は、ミィが垣間見せた“違和感”にゾクリとした。何か不吉なものが自分にぶつかり、ヌルリとすり抜けたような感覚。冷たいものが触れたなどという生易しい表現ではない。不気味なものに飲みこまれるような感覚だ。

 

「し、しかし……あなたという存在がすでに歴史を変えている」

 

「影響の大小の問題です。そのくらいでは、大勢の人間に影響を及ぼすような歴史改変は起こりません」

 

 ミィの顔から、あの不気味な笑みが消えていた。しかし、再び淡々と語り始める彼女の様子には、もはや違和感しかない。

 

「そう……時間には元々、流れを修正する働きがあります。例えば、本来は右の道へ行く人が、未来からの干渉で左を選択したとしても、その選択が成立するよう流れを修正してくれる。記憶を消し、私を歴史の一部として取り込むことで、多少のズレを修正するの……」

 

「それでも人に認知能力がある限り、過去が書き変わったら影響があるはずです」

 

「デジャヴね。あれこそ、過去のどこかで歴史が修正された証拠」

 

「デジャヴ? 前にもあったと錯覚させる、あの感覚?」

 

 ミィは少しだけ首を傾げて中原の問いを肯定した。

 

「歴史のどこかで改変が行われた時、それが起点となって、変更された“歴史的事実”が未来へと波及する。波紋を受けて、古い歴史に関する記憶が、新たな歴史に書き変わるの。その瞬間、脳が“前にも一度体験した”と錯覚を起こす。それがデジャヴの正体よ」

 

「なるほど。その程度の歴史改変で済むよう、あなたが記憶を消したのは理解しました」

 

 そして中原も威圧するように腕を組む。「……ほかは?」

 

「ほか?」

 

「封じられたのは記憶だけではないはずです。あなたの感情も、でしょう?」

 

 ミィが衝撃を受けたのは、その表情に変化がなくてもわかった。問われてほんの一瞬、小さく息を吸ったのだ。嘘も、否定もできない。つまり……事実。

 

「あなたは先ほど、アナリストの死を目の当たりにして、何かを感じようとしたはず。でも……できなかった」

 

「……」

 

「その様子だと、懲罰ですか?」

 

 そこでようやくミィは声を絞り出す。

 

「……お答えする義務はありません。あなたこそ、ご自分の正体を明かしたらいかがですか?」

 

「僕が保安員だってことは、もうご存知でしょう」

 

「それだけではありませんよね。知っていますよ、中原捜査官。あなたが陰でどのように言われているか……」

 

 そして責めるような視線を中原に向ける。

 

「仲間をためらいなく告発し、あるいは“処刑”する上層部の飼い犬……。通称、ドッグマン」

 

 

……つづく。