近頃は、好き嫌いなく積極的読書を試み、文学を読み漁る習慣になってきている。

今日も、新たに4冊購入することになった。

 



影響とは、新たに知ろうとすればするほど、必然的に探求していく、この繰り返しになりそうだ。これは、大きく好循環と悪循環に分類されるが、この本質を把握しておくことは、非常に重要な命運の分かれ道となりかねないな、と思える。



 

 

というわけで、

「死に至る病」を読んでいる。




精神の段階を分類したのち、さらに状態別に分類して解説している。

この心理的症状と身体の関係について述べられた過程が心底腑に落ちた。これも、これまで読んできた書物の言葉を照らし合わせたからこそ、読みやすかったのだと思う。


未来のことを考えるが故に、いまの足元を見失いやすいからこそ、救われる。

近代にとって心に響くものがある。


さらに、太宰治「人間失格」とヘミングウェイ「老人と海」を照らし合わせながら読んでいるが、こうなると、いよいよ、小説を読む、という個人的な近い目標にたどりつきそうである。

「読み方」も日頃の捉え方と似ていくのかもしれない。



多くの作家も最終的に、主題を小説という作品にのせて、作り上げていく。

その理由が、なんとなくわかるような気がしてくる。


言いたいことは、はっきりと口の出しにくいものである。本心は、また誰かの解釈によって、違うものになってくる。

率直に伝えようとすればするほど、受け入れにくいときもある。


だからこそ、お互いにとって「考える」ために擦り合わせていく謙虚さは必要なのだな、と

改めて、作品を読み重ねていくうちに感じる。