こんばんは。
私の祖父はその昔、第二次世界大戦で5年間
ラバウルへ、陸軍として赴きました。
私が子供の頃はよく、
「おじぃちゃんはなぁ、そこの人(現地の人)と仲良くなって
バナナもろぅたり、イモもろぅたりしたんゾ。」
と、面白おかしく話してくれましたが、
歳のせいか、当時のことを思い出すと
5年間、命がけだったと、涙ぐみます。
‘馬部隊’だった祖父は、視察と称して現地の村を
訪れると、現地の人と仲良くなりバナナなどの食料を
分けてもらって、友達に分けてあげていたそうです。
何故、仲良くなれたかというと
祖父は農家だったため、土地の耕し方や農作物の作り方など
少し教えてあげていたそうです。
そのお陰か、太るとまではいかないけれど
痩せてはいなかったのだとか(笑)
でも、敵空軍の攻撃で
「いくな!」という方向へ逃げて、友達が撃たれて
しまったこともあるそうです。
きっと、トラウマになってしまう程
辛い経験がたくさんあったんだろうナ。
終戦で、帰路につく船の中で
祖父が書いていた日記が数冊見つかってしまい、
海に捨てられてしまいました。
何とか見つからずに持って帰った一冊が
まだ残っていて
祖父は、母に「読んでみるか?」とすすめてみたそうですが
母は、一度も目を通したことがないそうです。
私も、当時のことはもう少し詳しく聞いてみたい気もすするけど
あまり、思い出させてはかわいそうだと思うのと、
あまり、リアルに感じたくない気持ちがあり、
深く聞いたことはありません。
そんな祖父が、長い帰路から実家にたどり着いたとき
最初に見つけた、歳の離れた兄弟の第一声は、
「あんちゃんが帰ってきたーーー!」
だったそうです。
家族はみんな、最初は幽霊だと思ったんだとか。
そんな歴史があって
今、私達は生きているのだ。と思うと、戦争の記憶は
風化させてはいけないのだと強く感じます。
新年に、親戚が集まったとき
祖父は「年寄りはあんまり長生きせんほうがえぇんや。」と
叔父さんが定年で帰ってくるあと数年までがんばるのだと
言うけれど・・・
‘おじいちゃん、そんなこと言わずに長生きしてよね’
*** Good night ***




