「物に魂が宿る」という考え方は、
少し不思議に聞こえるかもしれません。
でも案外それは、
私たちが物に向けている気持ちを、
そう呼んでいるだけなのかもしれない。
たとえば、子どもの頃からそばにあったぬいぐるみや、
祖父母から譲り受けた家具。
形としてはただの“物”なのに、
なぜか簡単には手放せない。
それは、その物と過ごした時間や、
そこにいた人の笑顔や声まで、
一緒にしまい込まれている気がするからだと思。
職人さんが丁寧に作った道具や、
誰かが長く大切に使っている物にも、
不思議と温かさを感じることがあります。
きっと、そこには
「使い捨てじゃない時間」が染み込んでいるから。
そう思うと、「魂」という言葉も、
あながち大げさではないのかも。
もちろん、すべての物が優しい思い出ばかりを
抱えているわけではありません。
見るだけで少し胸がざわつく物や、
触れたくない過去を思い出させる物もあります。
それもまた、その物が“何かを背負っている”証なのかもしれない。
私たちが物を通して、
人や時間とつながっていたいと思う気持ち。
目には見えないけれど、
確かにそこにある「小さな温度」のようなもの。
そんな感性を持てるのは、ちょっと得した気分になる、
人間らしい特権かもしれません。
ただ、あまりに物を擬人化しすぎて
「魂があるから捨てられない!」と全肯定してしまうと、
家の中が「魂の満員電車」状態になってしまうのが困りものです。
もし夜中に、クローゼットの奥から
「最近、出番が少ないんじゃない?」なんて
ボヤき声が聞こえてきたら……。
それは魂が宿りすぎたのかもしれない。
そのときは、泣かないふりをして丁寧にお礼を伝えて、
静かに「卒業」させてあげる勇気も、
たぶん大人の優しさなのかもしれません。
あなたにも、
なぜか手放せない、おしゃべりな「相棒」はいますか。
