幸福について考え始めると、
まず「その前に自分の生活を立て直せ」という声が脳内で鳴り出す。
もっともらしいが、
もし生活が整ってから幸福を語る資格が生まれるのなら、
私は一生その順番待ちをして終わる気もしている。
幸福と不幸は表裏一体だと言われるけれど、
実際はそんなに上品に裏返ってくれない。
むしろ途中で引っかかり、
どちらとも言えない状態で止まることが多い。
うれしい出来事があった瞬間に、なぜか不安が先に立つ。
例えば少し運が向いたとき、
「これから運が落ちてきたらどうしよう」と考えてしまう
自分の浅ましさに気づいたりする。
不幸に意味があるかどうかは分からない。
待っていれば評価が変わる、などと言えるほど余裕がない日もある。
そんなとき人は、意味が見つかるのを待つのではなく、
半ば強引に理由をでっちあげてでも前に進む必要があるかもしれない。
そうでもしないと、足元から静かに崩れてしまうのだ。
結局、幸福も不幸も性格診断のようなものかもしれない。
ただし結果を真に受けすぎると、
「自分は不幸タイプだから」と動けなくなる日が来る。
その瞬間、人は診断結果より先に、
測定器そのものを叩き壊したくなる人もでてくるかもしれない。
だから今日が不幸判定でも、深刻になりすぎる必要はない。
いよいよとなったら、
こちらが幸福と不幸の両方に
同時クレームを入れる側に回ればいいだけなのだから。
追伸:今日はクリスマスらしいので、一応言っておきます。
幸福でも不幸でも、とりあえずメリークリスマス。
※感じ方に個人差があります。
幸福な人が読めば皮肉に、
不幸な人が読めばブラックジョークに、
どちらでもない人が読めば、
ただの独り言に見えるかもしれません。
