今日は統覚の対照モードです。
あまり良い日本語訳が見つからず
難しい表現になってしまいましたが
より良い日本語役が出来次第、変更いたします。
これは、アドラーの時代には
共通な心理学用語として使用されており
この統覚の対照モードというものは
ライフスタイルの基本的誤りや支障的思考に関連している点で
個人心理学に取り入れられました。
弁証法的な対照・反対・対立として、
我々は共通的にこれを経験し
目標や義務を目指す過程において
この対照という形で判断します。
アドラーは、明確に図式化されながらも
観念化されている神経症者の統覚モードを
簿記における貸借対照法
つまり、貸方、借方の側面(プラス、マイナス)を持つ何かのようなもの
そして、その両者の間には中間はないものと考えました。
時に、アドラーはこの対照的なイメージを使用しましたが
肯定的、否定的な評価の間に距離や隔たりがあるとは考えませんでした。
それは、フリッツ・パールス等の研究や仕事においても共通したものでした。
アドラーにとって、この統覚の対照モードは
1つのコインの表と裏にある相違を分析するという形で
理解しました。
これは、優越や高慢を求める事によって
自尊心を保護する勇気をくじかれた人間の
誇張された努力に見られます。
そして、神経症的論理においてその試みに失敗し
人間としての価値を完全に失ったり
もしくは、人間共同体においての身分や地位を脅かします。
このテーマは様々なバリエーションがあり
後悔や自責の念、呵責、無価値観等、病的な表現において
それらを包む隠す事によって
優越性のための偽善的な主張等が挙げられます。
少し理解できにくい文章になってすいません。
次回は、引用文を載せますので
理解に役立つかと思います。