ついに最終回となりました!

2010年4月6日の第1回目、ABNORMALITYから始めまして約1年です。




その道のりはとても長く、途中で止めてしまおうかとも思いましたが

何とかやり遂げる事が出来ました。




各回の翻訳も上手に翻訳できた回もあれば

日本語の意味がまったく曖昧な回もあったので

いずれはすべてを見直して出版!を目指したいと思います・・・。




と思いましたが




アドラー心理学用語の新版


"The Lexicon of Adlerian Psychology"の方を翻訳して行こうかと思っています。


著者のPowersともコンタクトを取りましたし

段取りがついたら連絡してと言ってくれました。




さて、132回目、最終回はYES-BUTです。




「神経症者は常に2つの言葉で表現される行動を持っている。その言葉とは"Yes-But"であり、これは、とてもベストで簡単な定義であると言える。なぜなら、他のすべての種類の精神障害と神経症を区別し、そして、通常の人間と神経症者を区別する事ができるからである」

----- Ansbacher & Ansbacher




「神経症者の取る態度は"Yes-But"という形で解決するであろう。この"Yes"には共同体感覚の認識を含んでいるが、"But"には退却とその退却を確保するための手段が含まれている」

----- Adler




「すべてのケース(不適応)において、"Yes"には共同体感覚の意識を示しているのだが、これは、"But"というとてつもない力を所持し、共同体感覚の増加の必要性を妨げる言葉によって、例外なく応答されることになる」

----- Ansbacher & Ansbacher




高度で実用的なスタイルとして

アドラーは神経症の定義を

この"Yes-But"という2つの言葉に収縮した。




同時に、アドラーは

この2つの言葉は神経症的行動のみを

明確に示すものであるとし




通常の人間("But"の必要性がない)

精神病患者や

共同体感覚との接触が不足している

他の不適応な個人("Yes"の必要性がない)等は




この"Yes-But"には含まれないという事を言っておきたい。