ついに50個目、FICTIONAL FINALISM (虚構目的論)です。
「アドラーが、フィクション(想像)とゴール(目標)の概念を統合させ、それは、虚構上の目標、虚構上の究極目標、人生の道標となる想像、と様々な言い方があるのだが、アドラーは、原因論的な見解は、所詮は主観的なものだと考え、それはある限定された意識上においての決定要因であり、無意識的なプロセスを考慮に入れたことを主張した」
----- Ansbacher & Ansbacher
「我々は動的運動の理解に努め、その個人を方向づける人生目標を明らかにすることが、セラピーやカウンセリングにおいて効果的であることを知るであろう。その個人はどこへ向かっていくのか・・・?そこには原因も含まれている」
----- ibid
虚構目的論は、アドラー心理学の運動理論を説明するときに用いられる
数多くの用語の内の1つである。
それは、個人の人生において
客観的存在を持った1つの主観的な目標に向かっているかのように(AS IF)
個人は生きているという考えである。
だが、実際にはその目標は
個人の想像によるフィクションの上に存在するのであって
それは無意識に創り上げられ
合意的見解によるものではない。
にもかかわらず
すべての個人の運動は
人生を方向づける力を持ったその目標に
コンスタントに従う事になる。
目的論において、我々の行動というものは
未来の人生目標に向かうその個人の前進的な努力であり
苦労でもあると解釈することができるだろう。