今回仙台に行ったのはペナルティカップという高校サッカーの大会のためでした。
4月から支店を東北に出すにあたり、東北の先生方に挨拶と、実際の東北の現状について自分の目で確かめたい思いもありました。
仙台空港近くの写真、重機がたくさんあり周りには何もなく、津波の恐ろしさを物語っていました。

去年は震災で大会はできませんでした。
今年も実は、大会ができる状況ではなかったそうです。
でも、
『サッカーがしたい』
『試合がしたい』
こんな状況だからこそ今回の大会には意味があると、色んな監督や企業の奮闘で20チーム以上が集まりました。
全国大会に出場するチームも参加する中、招待高として震災の被害に遭われた高校も参加されていました。
原発から20km圏内の高校の監督のお話で、
『全員集まって試合ができたのがうれしかったが、相手チームには迷惑をかけた』
とおっしゃっていました。
しかし、その顔からは笑顔と涙が溢れていました。
その意味はとても深く、震災後サッカーどころではなく、みんな離れ離れになってしまったそうです。
その選手が集まって、雪が降りしきる中ドロドロになりながら、グランドを一生懸命笑顔でボールを追い、走っている姿が本当にうれしかった。
正直、サッカーどころではないと保護者の反発もあったそうですが、サッカーできる喜びを噛み締めれた、本当に色んな人に支えられたとおっしゃっていました。
実際に被災された方のお話も聞くことができました。
テレビや報道では伝えれないこと、まだまだ復興が終わっていないこと、人がたりないこと、忘れられようとしていること、被災者の方のたくましさ、とても感謝されていることも様々なことがわかりました。
自分の目で見て耳で聞き、僕個人の力は小さいかもしれませんが、プロガムとしても個人としても、できることから始めていきます。
今回の大会にも、ここでは綴りきれないような熱い思いがたくさん込められていました。
来年からはプロガムもペナルティカップに協賛させていただきます。
まだまだ小さな会社ですが、熱い想いのつまった大会に、また東北の復興に少しでも貢献できればと思っています。
4月から支店を東北に出すにあたり、東北の先生方に挨拶と、実際の東北の現状について自分の目で確かめたい思いもありました。
仙台空港近くの写真、重機がたくさんあり周りには何もなく、津波の恐ろしさを物語っていました。

去年は震災で大会はできませんでした。
今年も実は、大会ができる状況ではなかったそうです。
でも、
『サッカーがしたい』
『試合がしたい』
こんな状況だからこそ今回の大会には意味があると、色んな監督や企業の奮闘で20チーム以上が集まりました。
全国大会に出場するチームも参加する中、招待高として震災の被害に遭われた高校も参加されていました。
原発から20km圏内の高校の監督のお話で、
『全員集まって試合ができたのがうれしかったが、相手チームには迷惑をかけた』
とおっしゃっていました。
しかし、その顔からは笑顔と涙が溢れていました。
その意味はとても深く、震災後サッカーどころではなく、みんな離れ離れになってしまったそうです。
その選手が集まって、雪が降りしきる中ドロドロになりながら、グランドを一生懸命笑顔でボールを追い、走っている姿が本当にうれしかった。
正直、サッカーどころではないと保護者の反発もあったそうですが、サッカーできる喜びを噛み締めれた、本当に色んな人に支えられたとおっしゃっていました。
実際に被災された方のお話も聞くことができました。
テレビや報道では伝えれないこと、まだまだ復興が終わっていないこと、人がたりないこと、忘れられようとしていること、被災者の方のたくましさ、とても感謝されていることも様々なことがわかりました。
自分の目で見て耳で聞き、僕個人の力は小さいかもしれませんが、プロガムとしても個人としても、できることから始めていきます。
今回の大会にも、ここでは綴りきれないような熱い思いがたくさん込められていました。
来年からはプロガムもペナルティカップに協賛させていただきます。
まだまだ小さな会社ですが、熱い想いのつまった大会に、また東北の復興に少しでも貢献できればと思っています。




