回想~『友達の定義とは?』ホテルマンMK18歳~23歳、お初天神と東大阪。 | MK’S BAR

回想~『友達の定義とは?』ホテルマンMK18歳~23歳、お初天神と東大阪。



あの友情はなんだったのだろう?


僕には『タコ』と言う友達がいた。
友達と言っても、『タコ』は僕より20も年上のオジサンで・・・・・
お初天神通りの露天でたこ焼きを焼いて売って生計を立てていた。
お母さんが確か80歳くらいの朝鮮人だか韓国人で、日本語は喋れない。
だから『タコ』は在日二世か三世ということになるのだろう。

本名を知らない。
連絡先も知らない。

『タコ』は僕の働く店の傍で、毎晩たこ焼きを焼いていた。



『おい!!』
タコは僕の名前を呼ばない。
いや、知らなかったのかもしれない。
『おい、今日も行こうや!!』
店のシャッターを閉めようとしている時に決まって『タコ』が誘って来る。

おお、ええけど・・・・・タコは仕事終わんのん?

『おう、もうちょっと待ってくれたら行けんで♪』

そうやって・・・・・
20歳のホストと45歳の在日朝鮮人のたこ焼き屋が連れ立ってゆく、東大阪の某スーパー銭湯。(爆)

家に帰る頃はいつも朝方で・・・・・・
楽しい思い出としてすんごく記憶に残っている。(笑)
結構な回数、タコと遊んでました。



『タコが死んだらしいわ!!』

ある日、店のオーナーから突如発せられた言葉。
その日から『タコ』の屋台は閉店した。
事情を聞こうと『タコ』のお母さんに詰め寄るも・・・・・・
『??&%歩ディあぬっやいお?』な感じで訳分らずじまい。

程なく、『タコ』の屋台はお初天神のアーケードから姿を消した。




一度、夜の繁華街で変なヤカラに絡まれた時・・・・・・
『タコ』がたこ焼きを返すアイスピックみたいなヤツを片手に振りかざし、
『んDJっふぎゅHDじゅいでH!!!』と、母国語混じりで追っ払ってくれた事がある。




あの頃、確かに僕と『タコ』の間に友情は成立していた。
連絡先も、名も知らぬ友達。


今思えば、友情に連絡先も名前も必要ないのだ。






僕は『タコ』が好きだ。
『タコ』の焼くたこ焼きも好きだった。

そして絵の得意な僕は・・・・・・
『タコ』の似顔絵を心の中でイメージしながら、今も描くことができる。