魏志倭人伝において邪馬台国の女王
卑弥呼云々とあるところから発していますが
これは当時の魏の国人が書いたもので
日本語名ではその様な字ではございません
ただ当時はそれを書き表す
しかとした漢字が用いられていなかった為に
その様に言われても
仕方がない部分はありますが
ヒミコというより
ヒムカと呼ばれていたのです
ヒムカと言うのは今の例えば宮崎県の方に
日向と言う地域がありますが日に向かう
これが日向(ヒムカ)です
当時の名前はヒムカです
ヒムカ様と呼ばれていたのです
それは常に日に向かっている
太陽に対して向かっている
要するに太陽に向かって信仰する
太陽信仰だったと言う事です
それを司る者でありますから
ヒムカと呼ばれていたのです
天照もそうです
古代の日本は太陽信仰だったのです
国名も邪馬台国ではありません
ヤマトと言っていたのです
ですから邪馬台国というのも
当て字であります
やまとことばと言うのがありますが
日本の言葉は和らかいのです
ヤマタイと言う様な
キツイ響きのある言葉は使わないのです
やまとくにです
大和の国の日向です
神道の中で巫女と言うのがあります
神に仕える者として
それは元々ヒムカからきているのです
ヒムカ ヒミコ ミコ
と言うふうになってきているのです
神に仕える女性の代表として
言われていたと言う事なのです
今から二千年程前かと思いますが
今の九州地方に王国を築いていました
当時 神として崇めていた方の名が
天照大神と言われる方です
現在の阿蘇が見える所です
ヤマトタケルと言うのは
ちょうど衰退し始めた頃に
他の民を連れて九州から
中国地方へと渡って行かれた方なのです
ですから天照がでられて
国をいろいろ 治めておられて
また還られて その後しばらくして
日向がでていったと言う事です
ですから大和朝廷と言うのも
おそらく今から何千年か前に
できたと言われておりますけれども
それ以前にも
九州に朝廷があったと言う事なのです
ですから千年近い民族国家と言うのが
九州を中心にあったのです
そしてそれは主として女性を中心とした
宗教国家 地域であったのです
その後にヤマトタケルが九州の方からでて
やがて後の大和の方へ攻め上がったり
或いは九州の中で未だ平定されてない部族を
平定したり日本武尊が八面六臂の
活躍をされたのです