人間、寿命があると思うのだけど、母方の祖母、父方の祖父、はなんと、100歳近くまで生きた。



亡くなった友達、は親密な範囲、では、まだいない。




親戚も、おそろしく!?長生きで、亡くなったと聞いても、ああ、人生を十分生きたんだろうな、幸せだったろうな、、、と思えるぐらいの年齢だった。。。




感染症で亡くなったであろう早死の親戚は過去にいたとしても、現代は、衛生観念や状態がよくなり、そうした理由で命を落とすことも少なくなった。




自分で言えば、公害喘息だったので、ひとたび風邪をひくと高熱を出したりとか、何か月にも渡る咳やらで苦しんだものの、命に別状はなかった。




が、小児科医の先生には、この子は、ちょっと昔だったら、風邪をひいたりしたら、こじらせて死んでますね、とさらり、と言われたそうだ。。。




気管支以外の部分は丈夫だったが、子供の死因には、肺炎、が多いから、呼吸器は大切だ。




友達の甥御さんは小学校4年生で先日、亡くなったそうだ。




癌だったとか。再発して数か月で永眠。。。子供の癌は早い。




この間家を見てくれた元棟梁も、子供を小学校2年ぐらいの時に亡くしている。




この世には確実に、大人になれない子供もいる。。。




小児病院の中には、現代の治療ではどうしようもなく、死期を待つだけの子供専用のホスピスがあるそうだ。




友達に声をかけるにも、どういうふうにかけていいか、解らない。




年老いて、腐乱死体で見つかる孤独な独居老人より(私はこっちの心配、をしてる)、親に惜しまれ、手厚い介護と愛を受けて亡くなる方がある意味幸せだなんて、思っていても、絶対そんなこと、言えない。。。




当事者でもない他人が、軽々しく発言できないことだけに、「ご冥福を・・・」という通り一辺倒の言葉しか見つからない。




誰に聞いたか、法事の時に来ていた僧侶からだったろうか、、、、




親を残して早死にした子は、親を悲しませた親不孝者として、なかなか天国に行けないのだと。



親が現世で嘆き悲しめば悲しむほど、罪は増え、現生に呼びもどされて、くくりつけられてしまう、三途の川を渡れずに、賽の河原手前でいつまでも石を積み上げ続けないとならない、と。




だから、いつまでも悲しむのではなく、子供の死を受け入れ、忘れ、天国で幸せに暮らせ、と送り出すことが一番、子供のためになる。




だから、忘れるのが一番、いい供養、なのだそうだ。。。




昔はもっと子供がたくさん、親より先に亡くなったろうから、きっとそんな教えがあるのかもしれないが、よく言いえているな、と思う。




が、、、親は、ましてや母親、はそれを一生忘れることなんてないだろう。




祖母が大往生で亡くなった時、大事に持っていたお守り袋の中から、子供の死亡証明書が出てきたそうだ。




母の妹で、赤ん坊の時に亡くなった子供のものだ。




普段、口には出さない、そして、忘れていた、いや、忘れたふりをしても、心のどこかで、絶対忘れていなかったんだろう、と思う。




そしてこれも誰に聞いたのだか忘れてしまったが、死んだ子供はいつまでも子供の姿をしていないそうだ。




死んだ子の年を数えてしまう、というが、あの世で成長するらしい。




今あの子はいくつだろう、という親の思い、を受け、成長するのだと。




小さいまんまだ、と思っていたのに、しばらくして夢に見た子供が大きくなっていた、大人になっていた、というのは、よく聞く話だ。




そして、どんなに年老いて亡くなっても、あの世ではそのまんま、ではない。




自分の一番良いときの姿、に戻るらしい。




一応、実際には出てこないで!?とお願いはしたが、祖母が亡くなった後、若い時はきれいで、しわもなかったのよ、と言っていた祖母の姿を見たい、とどうしても思った。




空襲で焼けて、写真は残ってないはずだったが、数日後、遺品整理をしていた時、偶然若いときの写真が出てきた、と母から見せてもらった。




きっと今は、この若い20代ぐらいの写真の姿であの世にいるんだろうな、そんなメッセージだろうな、と思った。




確かめに行くことはできないから、事実かどうか、は証明できないけど。




そう思うと、すごく救われる気がした。




祖母のことを思うと、供養の時とかに、すごく近くに気配を感じる時がある、着物に染み込ませたお香の匂、と、特に頭、を撫でられているような感覚がある。




それは人間の脳が別れの痛みを忘れるために作り出す幻影かもしれないが、どうしても理屈で証明できないこと、もこの世には多々ある。




いずれにしろ、死が避けて通れないものなら、残された者が、せめて痛みを和らげるような気持ちを持てれば、と思うのは、今も昔も変わらない人の思いなんじゃないか、と思う。