昔、聞いた話。

登山家が、クレパスに落ちて、遭難した。

このままだと凍死する。

上からの救助は、クレパス入り組んでいて、難しい。

幸い横の壁面の壁が薄い。

向こうには通路がある。

壁を掘れば、向こうにいける。

決心して、壁を持っていた機材で掘り始めた。

時間がない。もう必死で掘った。

それでも数日かかり、不眠不休で掘った。。。

ようやく向こうの通路、まで掘り進めた。向こう側からの救助もあり、ようやく助けられた。

その瞬間、足に激痛走った。

クレパスに落ちた時、足を骨折していたのだ。

が、自分の命を救うこと、に必死で、気づかなかった。痛みさえ、なかった。

脳が無意識に、優先順位、を決め、命を救うこと、を最優先し、痛みを感じること、を後回し、中断/延期=suspended、させていたらしい。

人間の脳は、時折、無意識にそういう指令を出す、と心理学の授業で教わった。

先日の出張なんて、あまり緊張しない、と思ってた。

慣れてるし、気なんて張ってない、と思ってた。

が、先日帰国して、自分の中に起きた変化、に正直、驚いた。

出発前にいろいろ悩むことあり、それを自分なりに解決して終わらせたつもりだった。

が、これに関わる思い、が帰国を待っていたかのように、いきなりやってきた。

家に帰って落ち着いた途端、止められないぐらい、それがぶり返してきた。

頭で解っていても、気持ちは別で、なかなかコントロール出来ない時がある。

目の前のやらなければならないこと、に脳が意識を集中させていたから、それが終わるまで、この感情は、後回しにされて封印されていたんだ、と気付いた。

自分の意思とは、全く別のところで。

私の脳、もそれなりに働いた、らしい。

人間は機械じゃないから、複雑だ。

感情は、封印すると、あらぬ形で想定外に大きくなってしまう。

だから、押さえず、ひとしきり味わってしまい、しばらくしたら、手放す。

やっかいなもので、こうした感情は、なかなか思うように出て行かない。

追い出そうとすると、かえって、出ていかなかったりする。

が、ある時、気付いたら、無くなっていることもある。

それなりの経験値、があるから、慌てない。気長に待つ。

大人になると、感情の起伏がなくなる、何も感じなくなる、と言われるが、そうじゃ、無いと思う。

感じる暇がないというのもあるけど、その処理にジタバタしないってだけじゃないだろうか。

あともう一度、近日中に出張がある。慣れているが、気は張る。

それが終われば、ようやく年末からの忙しさから開放される。

やっと、落ち着く。

が、今はそれが少し気になる。

時間が出来て、何がやってくるか、考えるのが、そうはいっても、今は、ちょっと怖い。