生きていると、いろいろある。

まだ振り返るには、浅いかもしれないが、今ある自分は、あの時、あのきっかけ、が無ければこうなってなかった、という転機のようなものがある。

それはチャンス、であったり、ピンチであったり、ふとしたきっかけであったり、長年待った結果、得たものだったりする。

不思議と、新たな方向が見え始めると、これまでの流れが変化し始める。

これまでの流れが変わり始めると、必然のように、新たな世界に導かれていく。

自分の力、ではなく、明らかに、もっと大きなもの、による何か、で、回りの景色が、変わり始める。

これまで縁のあったものが切れ、新たな縁がはじまる。

この時期の前後、はかなりゴタゴタする。

私の場合、人との縁がガラリ、と変わる。

今月末で定年して会社を退社する先輩がかなりいる。
入社以来、憧れて、いろいろ仕事や人間関係や、処世術や、贅沢や、今ある自分を作って来てくれた先輩、がいなくなる。

私は母が厳しくて、あまり、心から母親に本音を言ったり、甘えたことがなかったからか、逆に、世間の先輩女性には、何かとお世話になった。

人生のガイドとして、見習ってきたし、かなり甘えもし、可愛がってもらった。

価値観が近いからか、自分をよく理解してもらったり、アドバイス貰ったり、いろんな意味でお世話になった。

いっちょまえに仕事だけは何とかこなせるようになったが、メンタル的に、頼りの先輩がいなくなるのは、さみしい。

まだまだ元気だから、プラべでは付き合いましょう、と言ってはくれるが、身近からいなくなる影響は、大きい。

人生案外短いのよ、と言っていた。
身体が自由になる時期と、金銭の自由がある時期は、短いから、思いっきり、したいことをしなさい、と言われた。

楽しめるのは、定年後、十年ぐらいまでだと、せいぜい。

自分は、それまで、やりたいことは二の次で、ずっと我慢ばかりしてきたから、このアドバイスは、新鮮だった。

本当の意味で自立するには、自分の城を持ちなさい、とアドバイスしてくれたのも、先輩だ。

まだまだ先は長いわよ、若いんだから、と言われるが、仕事的には、もう、一緒に定年したいぐらい、お腹いっぱいだ。

最近、何かよく解らないが、何やら、環境や人間関係が変わり始めた。

こういう時は、変わり目、が来る。

上手く流れに乗れば、転機、になる。

定年までの時間はまだ長い。今の仕事を続ければ、楽だろうが、全くトキメキも意欲もわかない。

今の時代、仕事があるだけでありがたいのは、解ってる。習い事も、お金がなければできない。

ただ、転機が来るなら、ちょっとじっくり自分の人生、考え直したい。

今まで、あまり立ち止まることはなかった。ずっと走ってきたから、さすがにやっぱり疲れた。そういう年頃か?

ちなみに、そういう時期にいきなり会社を辞め、年甲斐もなく留学する人がたくさんいるが、たいてい上手くいかないから、やけを起こして、キャリアをふいにしないように、とも釘を刺された。

自分は優柔不断だから、結論はすぐ出せない。いつまでも悩み、うだうだと考える。

が、生活にしろ、価値観にしろ、変わる時は、自ら動かなくても、、周囲の環境が変わっていく。

出来れば何の変化もなく平穏無事に行けばいいけど、それ程単純に行かないのが人生ってものかもしれない。


じたばたせずに状況を観察すると、ある一方向が見えてくる。見えれば、それに向かって流れに乗るだけだ。


これは、20代の頃には出来なかった。


じたばたすれば何とかなる、と思って、ひたすらじたばたして見たが、どうにもならないものは、例え何をやってもどうにもならない。


運命がNOという方向を決めていれば、それはちっぽけな人間にはどうすることも出来ない。


流れにあらがって泳げば、体力消耗して溺死するのと同じで、流れの切れ目を待って、行きたい方向に行く方が、たとえ沖に流されても生存の可能性は高くなる。


こっちの方向、と自分が思っていたのとは違う方向に流れが行く時は困惑するが、案外、その結果、も悪くはなかったりする。


結果論かもしれないが、偶然はなく、すべては必然というのは、あながち、嘘ではない、と思う。