終活・相続案内人まさのブログ

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相続はドラマに取り上げられるように、いわゆる〝争族”、家族の争いのきっかけになります。
相続という一大イベントを経ても、家族全員が円満、平穏な生活を継続できるよう、そのヒントとなるような内容とともに、終活全般に関する内容をブログで発信したいと考えています。

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土曜日に実家に行ってから、昼食を作って(といっても、豚肉・キャベツ・ピーマン・ネギに中華調味料を混ぜただけの料理ですが)、食べた後、テレビを見ながら世間話をしていました。

 

父のパソコンを借りて、選ぶことになるであろう葬儀社A社のホームページを見ながら、父に話しかけるタイミングを見計らっていました。

 

当初はA社のホームページを見ながら、「このプランは?」といった感じで父のイメージを確認しようとしていましたが、この際、いっそのことA社に行ってみようかと思い立ちました。(というのも、A社実家から歩いて10分以内の場所にあるのです!)

 

私:「実は前から気になっていたことなんだけど...“自分の葬儀は質素でいい”とお父さんは言っていたけど、そのイメージと僕のイメージがあっているか不安なんだよね。後々、姉と揉めてもこまるから、お父さんの希望を確認しておきたいんだ。」

父:「・・・」

私:「今日はA社はやっていないんだっけ?一緒に行って、プランのことで相談してみない?」

父:「・・・」

 

父としてはあまり気乗りしない(どちらかというと、縁起でもないという気持ちが強いのだと思います)ものの、喪主は私が務めることになるし、その私が色々と考えてくれてのことだからむげにはできない、そんな心境だったのだと思います。

 

私:「どう?」

父:「それじゃあ、行ってみるか」

ようやく同意してくれました。

私:「A社に電話してみるよ。」

 

A社に電話をしてみると、父もよく知っている事務の女性が出ました。

(というのも、A社はウチのお墓もある寺院墓地に隣接しているので、毎日のように母の眠る墓をお参りする父のことはよく知っているのです。)

 

私:「●●です。いつも父がお世話になっています。突然なのですが、父も80歳で一人暮らしをしていますので、僕としても最近色々と考えていまして。これから、父と相談に行ってもよろしいでしょうか?」

事務の女性:(笑いながら)「そうですか。でもお父様もお元気そうですし...」

事務の女性はそんなに慌てなくても・・・といった感じです。

私:「せっかく思い立ったことなので。」

事務の女性:「分かりました。お待ちしています。」

 

A社に到着すると、事務の女性が出迎えてくれて、私は相談に来た趣旨を話ました。

 

事務の女性は一通りプランのラインアップを説明してくれました。

(前回のブログに書いた通り、決して安いとは言えない価格!)

 

父は「このプランがいい。」などと明確な意思表示はしません。隙あらば、事務の女性とどうでもよい世間話を始めてしまいます。気乗りしない父の雰囲気は感じながらも、「せっかく来たんだから、父に気を遣って、簡単にあきらめてはだめだ。今回を逃したらもうチャンスはないかもしれない。」と自分に言い聞かせました。

 

「祭壇のグレードはこんな感じ?」という風に、父の様子を見ながら一つ一つ確認しながら、何となく父の希望のイメージを把握していきました。

 

30~40分くらい滞在したでしょうか、A社を後にし、帰途につきました。私は「ちょっと突っ走りすぎたかな」と反省しながらも、「でも確認できるうちに確認しておかないと、後で後悔するし...」と自分を正当化する複雑な心境でした。

 

もう葬儀プランのことには触れずに、世間話でごまかしながら、父と実家へ歩いて帰るのでした。

父の終活についてはこのブログでも何回か書いてきました。私なりに色々とサポートをしてきたつもりでしたが、一番気にかかっていたのがお葬式についてでした。

 

「どんなお葬式がいい?」と尋ねるくらいの関係性はできていたのですが、「周りも高齢になっているし、限られた親戚だけで質素な感じで...」と父が言うので、「その時」に、最低限の親族に連絡が取れるように連絡先を以前父に聞いていました。

 

ただ、今では葬儀のプランも「直葬」、「一日葬」、「家族葬」、「一般葬」等いろいろあるので、「質素」といっても「どの程度の内容なのか」が不明確なので、実際に葬儀プランを決めなければならない際に、父からそうした希望を聞いていたということで喪主の私が決定しようにも、姉に反対されるかもしれない。そんな不安があったのです。

 

そんなことを日頃感じていたのですが、昨年の秋に、父が帯状疱疹を患いました。初めてだったこともあり、「痛くて夜も眠れない」やら「背中の患部に薬を塗りづらい」などと愚痴をこぼすことも多くなりました。(今までは、子供の私に心配を掛けたくないのでしょう、あまり体調に関する愚痴をこぼすこともなかったのですが...)

 

帯状疱疹がなかなか良くならないとのことだったので、昼食でも作ってあげて二人で食べようと、週末に一人で実家に行くことにしました。

 

昼食を作りに実家に行く予定を立てた時に、「実家に行ったら、父に葬儀社のホームページで葬儀プランの内容を見てもらい、どのくらいの内容を望んでいるのかを確認してみよう。父が実際に決めたのであれば、姉も反対はしないだろうし。」と考えたのです。

(葬儀社は、実家近くで、ウチのお墓もある寺院墓地に隣接しているA社以外を選ぶ余地がないのが事実です。母の葬儀も行っており、親族も周辺に住んでいるため、父の希望でもあります。今のご時世では決して安いとは言えない価格なのですが...)

 

 

(つづく)

よく「お正月やお盆で家族が一同に集まる機会に、親の終活(相続)のことについて話し合ってみましょう」ということが言われます。「どのような介護を望むのか」、「人工呼吸器の装着等の延命措置を行うか」、「どのようなお葬式にするか」、「相続をどうするか」等。話題とすべき項目はいくらでもあります。

 

でも、親子間の普段からのコミュニケーションが相当円滑でないと、そのような話題を子供の側から切り出すのは難しいのが現実ですよね。

 

私の埼玉県の実家は、姉が北海道に嫁いで以来、私・妻・子供の4人だけが、お彼岸・お盆・お正月に帰ります。母が亡くなった平成24年以降は、一人暮らしの父に会いに行くことになります。今年のお正月もそうで、2日に帰りました。

 

ブログで書いてきたとおり、「万が一」の時に困らないように、私が父から聞き出す形で、土地の購入契約書、年金証書等の重要書類の保管場所等を含めて、色々と情報収集し、今年には父と私で認知症対策型の「家族信託契約」も結んで「親の終活」を進めてきました。そうしてきた私でも、他に色々と聞きたいことはあるんですよね。それほど終活の項目は幅広い。

 

2日に帰った際、今回は私から終活の話題を何としても切り出そうという考えはありませんでしたので、話題は子供の話や観ているテレビ(箱根駅伝)の話をし、飲食してまったりと時は過ぎていきました。

 

そろそろ帰途に就こうとした頃、父から「●●会館(葬儀場で、家の近くにあり、母の葬儀もそこでやっており、父の葬儀もそこで行うことになるだろうと思っている場所)の連絡先は知っているか?」との質問。「家にパンフレット保管してあるし分かるよ。あそこは近いけど、この前ホームページ見たけど、価格は案外割たかのようだね。」と私。

 

それを発端に、「どんな葬儀を望んでいるか」、「だれを呼ぶか」等の話になりました。あと、先日結んだ「家族信託契約」について「信託した財産はどうなるのか?(相続財産との関係)」との質問が父からありました。

 

私からではなく、父から終活関連の話題を切り出したのは初めてのこと。父も人生のエンディングに向けて色々と思うことはあるのでしょう。

 

それにしても「葬式は質素でいい」とはいうものの、その質素のイメージが父と私であっているのかは話をしているだけでは分からないんですよね。本当は父と一緒に一度葬儀社(●●会館)に行って、見積もりをとるのが一番なんでしょうけど...。それは難しいにしても、今度のお彼岸で実家に行く際には、「●●会館」のホームページを眺めながら、「このプランはどう?祭壇はこんな感じだけど。」と父のイメージを確認することにしようと思います。

 

終活という言葉が世に出てきて、約10年。
メディアでこの言葉を見ない日がないくらい「言葉」としては浸透してきた感があります。

「行動」としてはどうでしょう?
エンディングノートを書いたり、葬儀の事前予約をしたり「行動」に移すことができている人はまだ相当意識の高い人に限られるのではないでしょうか?

そして、結局「行動」に移すことができなかった親を持つ子はどうなるのでしょうか?エンディングノートを親にプレゼントしたけれど、一向に書いてくれず、そうしている間に認知症を発症あるいは亡くなってしまった。

苦労をするのは子です。親の終活はつまるところ子の問題なのですね。

であるとすれば、親の終活をヘルプし、促進しする「行動」を子としてはするべきで、また、その経験は自分自身が終活を始めるよいきっかけになるはず。そのようなことができる子を「終活っ子」と呼ぶことにします。勝手に。w

エンディングノートを渡してもなかなか書いてもらえず、結局、自分から父親に聞き始めた私。

年金手帳はどこにあるの?預金口座のある銀行はどこ?自宅不動産に関する売買契約書などはどこにしまってるの?万が一の時連絡を取るべき人と連絡先は?一つ一つ聞いていきました。

自ら「終活っ子」となり、「終活っ子」の輪が広がるよう、今後も取り組んでまいります!




いままでのブログの内容だけを読むと、父と私の「家族信託契約の締結」は、最初から最後まで順調に進んだように感じますが、そうでもありませんでした。

 

3月に意を決して父に話を切り出した時には、父がどのような反応をするか不安でした。「そんなもの必要ない!」と怒り出すことはないにせよ、「この今の時期に、そこまでの対策が必要かなぁ」と話しに乗ってくれないのではないか...

 

私が改まって話を丁寧にしたことが功を奏したのか、「そこまで真剣に考えてくれているのならば、やってみようか」との反応でしたし、それにとどまらず、信託不動産である建物にかけている損害保険(火災保険+地震保険)の名義変更ができるかを「今から担当者に電話してみよう」とすぐさま確認してくれさえしたのです。

 

こんなに話がとんとん拍子に進むとは思ってもいなかったので、少し興奮しながら実家から帰路に就いたことを覚えています。

 

一方で、司法書士のA先生に契約書のアドバイスをいただきながら、契約書を作成するにあたって必要な書類の収集を父にお願いした際には、「そんなに急ぐ必要があるのか?」といった冷めた反応があったりしました。あまり急かさずに余裕を持って接しようと気を遣いながら進めていたつもりであったにもかかわらずです。「この間はあれだけ乗り気だったのに、なんだろうなぁ~。」と正直戸惑いました。

 

そうかと思えば、契約書もほぼ出来上がり、父に登記申請の必要書類の収集をお願いした際に、「いつまでに用意すればいいのか?」と尋ねてきたので、「そんなに急がなくていいよ。」を気遣って答えると、「いついつまでに、これとこれを準備して、と明確にしてくれないと困る。」とのコメント。さすがに、どのようにコミュニケーションをとったら円滑に事が進むのか悩んでしまいました。

 

終わってみれば、あまり父の気まぐれな発言に戸惑わされず、とはいうものの、事務的な対応やこちら側の都合だけを押し付ける態度にならないように気を付けさえすれば良かったのだと思います。

 

今後、親の終活に協力していこうと考えていらっしゃる方に少しでも参考になれば幸いです。