彼女は月を見上げていた。
冷たい風が、少女の髪をさらさらと流していた。
頬にかかり、その先へ向かう毛先はとても繊細そうで。
少年は少し見とれていた。
「…こんなに綺麗なのに…」
少女は空に浮かぶ少し不完全な丸い月を眺めながら呟く。
喉がきついのだろうか。
その声は幾分苦しそうだ。
「…私しか見てないなんて…」
溜息と共に吐き出した。
それは違う、と少年は思う。
現にこうやって僕は彼女と一緒に月を見ているし、同じようにあの白い円に何か思いを馳せている人は厭という程いるだろう。
しかし彼はそんな事を口にしたりはしなかった。
求められていない返答だと解っていた。
「…おかしい事なのかしら」
姿勢もそのままで少女は呟く。
「そして、迷惑な」
「そんな事はないと思うよ」
少年は初めて声を出し、否定する。
無論、万人がそうだという確信は無い。
少女も解っている。
久しぶりに少年に向いた。顔だけ。
「ありがとう」
弱々しく笑って。
儚いんだな、と少年は思う。
夜の闇の中、月に反射された光のみでそこに在る少女の白い肌は更に無機質に見えた。
何か、硬いもので殴れば、いとも簡単に砕けそうな。
ただ少年は、そうしたいとも、ましてやそうしようとするものから守りたいとも、思わなかった。
そう、だから、そんな風に笑いかけられても僕にはどうしようもない。
だってどうしようとも思わないんだよ。
さて、少女は再び月を見上げた。
未だ煌々と、けれど静かに光っていた。
そう、それだけで私は幸せになれるの。
その事を解ってほしかったのだ、と思う。そして解ってくれていたのだ、とも。
結局、半分だって理解されていなかった。
「上手くいかないもんだね」
また呟く。
「そうだね…」
今度は肯定する。
少年の素直さは、少女にとっては生温い心地良さだった。
「…ねえ」
少年が声をかけた。
「なに?」
少女は少年を見もせずに応えた。
「言葉って、凄く強いものだと思うんだ」
ん、と少女は一瞬考える。
そしてくすりと笑って、頷いた。
「…そうね」
それから少年を見た。
見られた少年は驚いた。
体ごと、真直ぐこちらを向いた少女。
その顔いっぱい笑顔を作って。
「だから、傷付けるわ」
ああ。と少年は悟る。
「壊すし、壊されるの。言葉同士で殺し合うのよ、そして蝕まれる」
満面の笑みで、仕方ないとでも言いたげに、無感情な声でそう言って、少女は顔を天に向けた。
少年はもう何も言わずに、一緒に月を見た。
そうだ、彼女はもう駄目なんだ。
彼も月を見上げていた。