レデントーレ祭
1575年から1577年にかけて流行したペストの終息を記念して、ジュデッカ島を中心とするヴェネチアの伝統的なお祭りです。
現在は、毎年7月の第3土曜日に前夜祭として花火があげられ、日曜日にはレデントーレ教会にお祈りに行きます。
オレンジ色の島がジュデッカ島
『レデントーレ 救世主のお祭り』は、ヴェネチア共和国(697-1797年)時代に、ペスト終息の恵みを受けたことを記念する行事として、共和国元首ドージェの要請により、毎年、ペストからの解放を宣言された日に、レデントーレ教会への行列を行うことが決められていました。
ヴェネチア共和国元首のドージェ、及び大評議会の議員は、毎年設置された浮き橋を渡ってレデントーレ教会のミサに参加していました。その名残として、現在でも毎年7月の第3土曜日と日曜日にヴェネチアの伝統的な主要な祭の1つとして、多くの人でにぎわい、「レデントーレ祭」が行われています。
花火🎆が見えやすい場所をリザーブするために、夕方からヴェネチアの運河は、写真のようにボートで埋めつくされます。
前夜祭の土曜日の大規模な花火(23:30-24:10)をボート、テラス、レストラン、または街中のどこかから、さまざまなポジションから、眺めることが、前夜祭の楽しみ方です。そして、日曜日にレデントーレ教会に祈祷に行くため、浮き橋には行列が出来ます。
レデントーレ教会に祈祷で並ぶ行列
サン・マルコ側からの花火の景色
サン・マルコ側からの花火の景色
サン・マルコ側からの花火の景色
サン・マルコ側からの花火の景色
1576年に、ヴェネチア共和国政府により、教会がフランシスコ会修道院のあるジュデッカ島に建設されることになりました。1575年から1577年にかけてのペストは、わずか2年の間にヴェネチア共和国の人口の3分の1以上(約46,000人)を死に至らしめたそうです。
ヴェネチア共和国が、この恐ろしい「災厄」から救われたことを祈願するために、新しい救い主教会『レデントーレ教会』が16世紀を代表する大建築家アンドレア・パッラーディオに発注されました。1576年に収束したことへの記念、及び神への感謝を込め1577年より建設が始まり1599年に完成しました。
レデントーレ教会
ペストが終息した「1577年7月」には、毎年、奉納された橋を架けて解放を祝うことが決定されました。7月の第3日曜日の前の土曜日に、ジュデッカ運河に長い「奉納橋」が架けられ、島とスピリト・サント教会の高台にあるフォンダメンタ・デッレ・ザッテレを結びます。「奉納橋」が開通した瞬間に『レデントーレ教会』前の階段で行われるヴェネツィア総主教の祝福によって、祝祭は幕を開けます。
ジュデッカ島のレデントーレ教会に
渡るために架けられた「奉納橋」
レデントーレ教会は、パッラーディオが設計した建造物の中で最高傑作と言われています。巨大な白いドームを擁し、教会正面は凱旋門を彷彿とさせるデザインとなっています。
土曜の夜、サン・マルコで開催される花火大会には、ヴェネチア人はじめ、イタリア、世界中から多くの人々が魅了され、ヴェネチアは沢山の人で賑わいます。2020年はCOVID-19の影響で中断して、2021年は再開されるも、サンマルコ広場への立ち入りは制限され、規制されました。
ジュデッカ運河に面した目立つ場所に建設された事から、パッラーディオの設計により教会正面はパンテオンを思わせるデザインや巨大な脚座を使用しています。またかつて教会入口には15段の階段があり、これはエルサレム神殿の階段を参考にし、またパッラーディオ自身の「昇る事は献身をもたらし、昇天は段階的なものである」という理念にのっとっているそうです。
レデントーレ教会内部
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