小学生のころから、「将来は○○になる」と漠然と決めていた私。
なぜそう思ったのかわからないけれど、
その想いはいくつになっても変わらず、
今もその想いは消えてはいません。
だけどなかなか叶わず、
「私にはやっぱり無理なのではないか」
「いつまでも幼いころの夢なんて追いかけていないで、
もういい加減あきらめるべきなのではないか」
「そもそもなんで私はその夢にこだわるのだろう」
と、夢を叶えられない自分を責め、長いこと悩んだこともありました。
夢なんて捨てられたらいいのにと、自暴自棄になったことも・・・。
けれども、がんばってもがんばっても報われない、
結果の出ない夢に対して、それでも「あきらめる」という選択肢はなく、
今に至るのですが・・・。
最近衝動的に購入した書籍や、
Facebookのフィードに流れてくる誰かのシェアしたWeb記事を読んで、
私が本当にやりたいこと、
おそらく「ライフワーク」として生涯をかけてやりたいことがなんなのか、
そして今後どういう生き方をしていきたいのかを
ようやくはっきりと自覚することができました。
私が今まで「夢」として追いかけてきたことは
やっぱり手段のひとつでしかなく、
本当に目指していることを的確に表している言葉を
私が今まで知らなかった、ただそれだけでした。
・・・目的がずれているのだからうまくいくはずないですよね。
想いは間違っていないのに、
それを言葉や形にうまくできずにいると、
それが何なのか、知らないと、
目的を間違えてどんどんずれた方向に進んでしまって、
結果、行きたい場所にはたどり着けないし、
同じような場所を行ったり来たり、結局は立ち往生してしまう。
きれいな湖に行きたいことはなんとなくわかっているのだけれど、
それがどこの国にあって何て言う名前なのかを知らず、
「とりあえずみんなが言っているここかもしれない」と
行き先を間違えて、いつまでたっても思った場所にたどり着けない感じ。
進んでみて「何か違うかも」と思ったら、
そもそも目的を間違えている可能性があったり、
その目的は私のように、
実は自分がまだ知らない何かだったりする可能性もあるわけです。
今日もまた、
自分の知識の中だけで物事を決定したり判断したりすることの怖さ、
「思いこみ」「知らない」ということの怖さを知りました。
ずっと探していた答えをようやく見つけることができたのは、
色々な人の言葉が私に新しい事象や考え方、在り方を教えてくれたから。
そして、今の仕事と出会えたから。
何より、事故に遭ったことで、
それまでの何もかもを全部捨てなければならなくなったおかげです。
ようやく見えた本当に進みたい方向、たどり着きたい場所。
それは平坦な道のりではなく、距離もとっても長く・・・
気づいたそばから難易度の高さに落ち込んでいますが(笑)、
徒歩じゃなくて、誰かと車で行くことになるかもしれないし、
もしかしたら誰かがプライベートジェットに乗せて
ピュンって連れて行ってくれるかもしれない。
まだまだ日々の自分の言動に反省点はあるけれど、
今はただ日々、成長・向上あるのみです。