嘘の「重み」 | いつもSEDUCTIVE

先日、知人の言動が明らかに嘘だったとわかってしまう出来事があり、

「嘘」について、改めて考えています。


皆さんは嘘をついたことがありますか?


誰でも、大なり小なり嘘をついた経験はあると思います。

それは、人を欺こうとする嫌な種類の嘘ばかりではなく、

優しさに由来するものや虚栄心から生まれる嘘などもあり、

そういうものも含めると、

嘘は必ずしも悪だとは限らないし、

時と場合によっては必要なものでもあると個人的には思っています。


ただ、ひとつ嘘をつけば、

その人は一生その嘘をつき通さなければならなくなり、

それはそれで辛いことだと思うのです。


正直、知人の嘘について、咎める気持ちはまったくありません。

もしも私自身が迷惑を被ったり、

不愉快な思いをしていたら怒りを感じたかもしれませんが、

嫌な思いをしたわけでもないし、

むしろ、嘘をつかなければならない何かがあったのだと

共感もできるからです。


ただ、私にまで嘘をつかせてしまっていること、

真実を打ち明けてもらえないことへの寂しさ、

それから、私が嘘に気づいた今も、

たぶんずっとふたりの間ではこの嘘を事実として

いかなければならないんだろうなということに

複雑な気持ちを覚えています。

きっと知人は私だけでなく

関係者の前ではそれを事実として生きていくのだと思います。

もちろん私もその嘘を事実として接していくつもりです。

だけどやっぱり、嘘にはそれなりの「重み」がある・・・。


生きていると色々あって、

時には嘘のひとつもつかなくちゃいけないかもしれません。

でも、嘘は嘘。

つけばつくだけ、苦しくなってしまうことも事実。

嘘をつかずに生きていくって難しいしどこか偽善的かもしれないけれど、

でも。

できることなら、何ひとつ偽らずに生きていけたらいいなと思いました。

私も、私以外の人も、みんな。