1年 | いつもSEDUCTIVE

ちょうど去年の今ごろに発症した、首のむちうち症。

私の人生が180度変わるきっかけとなった、

そう言っても過言ではないこの出来事から、約1年が経ちました。

正直、他人から憐れまれるほど

私はこの出来事を不運に思ってはいないのですが、

この1年を振り返ると、憐れまれても仕方がないくらい、

良くも悪くもやはり劇的に色々なことが変わったなとは思います。

思うように仕事ができなくなったことによって、仕事や生活が変わり、

出会う人の種類が変わり、未経験のことへのチャレンジが増えて。

そんな中で、私自身の価値観も大きく変わっていきました。

一番の大きな変化は、「結婚・出産」をリアルに考えるようになったこと。

あのまま何事もなく仕事を続けていたら、結婚は考えたかもしれないけれど、

子どもを産みたいなんて思わずに年を重ねてしまっていた気がするんです。

子どもを産むことで仕事に支障が出るとか、

生む痛みに耐えられそうにないから無理とか、

長期間お酒を我慢できる自信がないとか・・・。

でも今は、子どもを生むことが実現すべき項目に加わりました。

妊婦さんと過ごす時間が多く、

子どもを産むということや出産のリミットについて色々と考えさせられた、

というのが一番のきっかけのような気もしますが、

その出会いさえも、今までのようには仕事ができない、という状況がなければ、

起こり得なかったことなので、

そういう意味では「いいタイミングでのひとつの転機」だったのだと思います。


それから、仕事を優先してばかりいたことによって、

切り捨ててきたことを拾い直したり、避けてきたことに向き合ったり・・・

少し戻ってやり直しをしている期間なのかなーとも感じています。

特にこれは、人間関係でのことなのですが、

今までの私は本当に人を大切にできていませんでした。

だから今、そのことを反省して、様々な人たちとの関係を再構築し、

その過程で人として必要な情緒も学んでいるような気がします。


振り返ってみると、ゴールもわからないまま進んでしまい、

予想外・想定外のことばかりだった、そんな1年。

だけど、自分の根幹にあった仕事がなくなって、

今までの自分のすべてが通用しなくなった状況になったからこそ

得るもの、気づくことがあり、

そしてそれは、失ったものよりもはるかに多く大きく、尊いものでした。

少し前、バシャールの本の「起こることに意味はない」という記述を読んで

感銘を受けましたが、ここまでたくさんの気づきがあると、

やっぱり起こることにはすべて意味がある、そんな気がしてなりません。

その意味付け自体、私がしていることかもしれませんが、

ひとつひとつをはっきりと意味付けできること自体、

すごいことなんじゃないかなーって思うのです。



本番は、これから先の1年。

今のこの状況で、まだ学ぶべきこと、気づくべきことがあり、

すぐに先に進むことはできないかもしれないけれど・・・。

目的やゴールを見失わず、目先の快楽に惑わされず、

他人の価値観に左右されず、

後悔しないように、自分を誇れるように、

1年後、よくがんばったねと自分を褒めてあげられるように・・・

今日からまた、新しい気持ちで1日1日を過ごしてきたいと思います。