人を裁く重み | いつもSEDUCTIVE

交通事故の続きです。



先日、病院へ行ってレントゲンを撮ってきました。


首の骨が人より1本多いけど(笑)、


事故による異状はないとのことで、ひとまず安心。


ただ、ムチウチは後から出てくると言われたので


まだわからないんですけどね。


(実際、指先の痺れとか首・腰の痛みはちょっとある・・・)。


そして、診断書が必要かどうかわからなかったので、


診察してくれた先生に聞いたところ、


私にはデメリットがないことを説明してくださったうえで、


「人ひとり処罰することになっちゃうから、許してあげたらいい」とおっしゃいました。


もともと私は自分の身を守れればよかったので、


困ることが何もなければそのつもりでしたが・・・


先生が私を諭すように優しく強くおっしゃるので、なんかまた悲しくなりました。


私はそんなに過剰に自分の権利を主張しているのでしょうか・・・?


私があまりにも無知なせいかもしれませんが、


困った人のように扱われるのはやっぱり悲しいです・・・。



それからもうひとつ。


警察の方と話していたときにもひっかかった言葉なのですが、


「相手を処罰する」ということ。


私は一応被害者で、正当な(という言い方が正しいかはわかりませんが)


然るべき主張をしているだけで、


運転手の方をどうにかしようとはまったく思っていません。


事故の時のことはほとんど覚えていないのですが、


運転手さんがしきりに私の状態を気にかけてくださったこと、


それから、とても落ち着いて冷静に振る舞っていたのに、


連絡先を書く運転手さんのその手がすごく震えていたことは


ハッキリと覚えているんです。


その手の震えを思い出すと、


私を乗せなければこんなことにはならなかったかもしれないから、


あの人も被害者だ・・・とさえ思います。


だから、責めるとか裁くとかそんな気持ちはまったくないのに、


私だって被害者なのに・・・


「書類送検=人を罰することができる立場」になってしまったことに、


なんだかとても複雑でした。



そしてふと・・・先日読んだ本に書かれていたことを思い出しました。


多くの人が、心の中で無意識に誰かを裁いているということ。


あの人のココはダメとか、心の内で勝手に裁いてしまう行為。


実は私、これをよくやってしまうのですが、


改めて、もうやめようと思いました。


人を裁くって、とても重くて苦しいこと。


今回、実際にそういうことを考えざるを得ない立場になって、


あの何とも言えない嫌な気持ちを初めて知りました。


実際に何か罰を与えることがなくても、


その感情は気づかないうちに自分の中に積もっていって、


黒く淀んでいく気がします。


人間だし、私は人としても未熟者なので、


神仏のような心持ちを常に保つことはできないけれど、


する必要のないことは、できる限りしたくはないなあと思いました。




大人として、人として、学ぶことの多い出来事でした。


何はともあれ、私、無事でよかったです。