里猫のキャンセルがあり、ジモティの不信感はあるものの、やっぱり見てしまう習慣。

「どうせ、選ばれんから無駄なことはやめろムキー」と、やっぱり気持ちが落ちているとーちゃん。

その時、2歳になる男の子の里猫依頼の投稿猫

 

転勤のため、どなたか・・・

仕事中の昼休み、普段は見ないのに開いて新着を確認した

 

メス猫しか考えていませんでした。オスは、家から離れてしまうので、家に居つくメスを飼っていました。

一応、里親に立候補してみた

返信あり。なんだか脈ありのような文章。

前回のこともあり、半信半疑で返信を打つキョロキョロ

何度かメールのやり取りを行い、私を選んでくれた音譜

 

でも、来るまで信じられない。

4月4日、本当に来ました愛

・・・・でかい・・・・

オスってデカいびっくり

うちの子は、メスの中でも小ぶりばかりなので余計にデカいびっくりびっくり

 

慣れるか不安でしたが、迎え入れてすぐにごはんもTOILETも大丈夫でしたびっくりマーク

「名前は、ソラです。ラテン語で太陽という意味です。活発な子です。」と

ソラ君のパパは20代?の優しそうな青年で、県外に仕事のため引っ越すが、ペット可の賃貸契約が出来なかった(変更しようと考えたが時間的余裕がなかった)ことが今回の理由でした。

天寿を全うした子とのお別れも悲しいですが、途中で離れるのも辛いでしょうね。

ちゃんと、命のバトン受け継ぎましたよ

 

でも、運動神経の悪いうちの子とは違い、まあ、活発でジャンプ力半端なく、力強いのにびっくりラブ

今から、どんな感じで楽しませてくれるかな

さすがに24年間一緒にいた猫が虹の橋を渡りました

ロスがすごいです

 

火葬をしてもらい家に連れて帰りました

火葬場の方が「びっくりするくらいきれいな骨です」・・・・?

そうなの?と思い火葬が終わったくうちゃんを見ると、標本ができるくらいきれいに骨が並べられていました

「こんなに形が残る子も珍しいです」と

 

ペットの火葬も人間とおんなじです

 

1週間後、ジモティで里親でいい子がいたので連絡取りました。

すんなり里親に決まり、くうちゃんのお陰かな。なかなか里親に選定されないのになーと思っていました

時々成長ぶりを教えてくださいと言われたので連携もした。

その矢先。突然、キャンセルさせてくださいと

は?

ジモティの里親はなんだかおかしいです。何回か連絡取りあいましたが里親側は立場が弱く連絡を一方的に切られたり、こんなキャンセルもありですか?

 

しばらくは、他の残った子たちと過ごします

我が家には20歳の子がいます。この子が我が家に来た時からくうちゃんはいました。

さみしいのでしょう。

私にべったりで、ベッドにもぐりこんできます。今まではよく2匹で寝ていたので・・・

後に続かないでね。まだまだ一緒にいましょうね

猫のことを書きます。

24年前、我が家にやってきたメス猫くうちゃん

実家近くの猫が生んだ子猫を迎え入れました

ロシアンブルーのようなグレー猫で、お腹にはビキニ柄

4半世紀一緒にいました

 

2年前、腎臓病でもうだめかと思うくらいデータが悪く、先生と考え家で看取ることを覚悟で点滴と内服開始しました。内服がこの子に合ったのでしょう。回復がすごくて下の子を追いかけまわすくらい元気になりました。

 

12月、私が入院中も何とか頑張ってくれましたが、どんどん痩せている。

病院に行くけど、「年が年だからなにがおこあつてもねーーー」

確かに

先生と話すのは、ちゃんと家で看取りたい。出来れば、私が家にいるときに。

 

正月明けから、時々、こけるようになった。プライドが高く、すごくショックな顔をするくうちゃん

きついのに絶対に粗相をしない、必ずTOILETに行くくうちゃん

どんどん食べれなくなる

口に高カロリーのご飯を持っていくが食べても数口、水は何とか飲んでくれます

 

2月に入り、毎日仕事に行くのが心配でした。

1人で逝っていないか

お利巧さんで、迎えてくれます。

私の椅子が大のお気に入りでずっとそこで寝ていたみたい。

2月2日、歩くのがおぼつかない。トイレもつれていくようになった。こんなにきついのに粗相はしない

2月3日、なんだか嫌な感じ。この日はくうちゃんと一緒にお気に入りの椅子のあるリビングで夜も過ごすことに

夜中、身の置き所がないようす。寝返りをしたい様子だけど出来ないので、その都度お手伝い。

朝になり、息子は撫でて出勤

どうしよう、どうしよう、仕事に行く時間になる。

その時、急に呼吸がおかしくなった

死線期呼吸です

とーちゃんも娘もいる時間でした。起こしました。

しばらくあえぎ呼吸を続けて、ゆっくりと呼吸が止まりました。

最後までおりこうさんでした。

みんなで看取ることが出来ました。

さすがに仕事には行けません

お休みをいただきました

 

24年間は長いです

さみしいです

お疲れさまでした