9/14 21w3d
今日も早く目が覚めた。
起きてすぐあぁ、遂にこの日が来てしまったと思った。
来て欲しくなかった。本当に赤ちゃんとのお別れが確実に近づいてる。
それを実感するのが嫌だった。
パパも目が覚めてたのに珍しくすぐには起き上がらなかった。
準備しなきゃ行けないと分かっているのに、体が動かない。
赤ちゃんはポコポコ動いて今日も元気そうだ。
8時近くになってパパがベッドに入ってきた。
後ろからぎゅーっと抱き締めてくれる。
動けない2人。
このまま時間が止まって欲しいなぁと思った。
でも時間は決まっているので意を決して体を起こす。
家の鏡で最後の妊婦姿を撮影する。
言葉も無く、粛々と準備をして、家を出る。
玄関の鏡で最後の家族写真。
やっぱり笑顔にはなれなかった。
次にここに戻って来る時は赤ちゃんが産まれてるなんて実感湧くわけが無い。
それでも病院に行かなければならないので向かう。
入院の手続きはスムーズだった。
それほど待たずに見慣れた病棟まで案内される。
「頑張って産んでくるから」と言うと
「頑張って」とパパが言った。
周産期センターの入口で助産師さんの迎えを待ってる間に、パパは可能な限りお腹に触れていた。
パパが赤ちゃんのいるお腹に触れられる最後の時間。
あっという間にその時は来て、私たちはそこで別れた。
9:50 入院
着替えはパジャマじゃなくてマタニティの長いやつが準備されてあった。
妊娠悪阻で入院してた間はお腹が全然出ていなかった時期だったので、ずっと上下分かれたパジャマだった。同室の人や廊下ですれ違う人は皆このマタニティのパジャマを着ていた。
むしろ自分と同じパジャマを着ている人はいなかったと思う。
あと半年後には自分もあのパジャマを着て出産するんだろうなぁ、と吐き気と戦いながらも漠然とそう思って疑っていなかった。
こんな形で着ることになるなんて思わなくて悲しくなる。
同意書類の確認と様々な流れの説明、死産する人用のセット類の説明を聞く。
母児同室、へその緒、抱っこ、写真、手形足型(赤ちゃんが瑞々しい場合など、取れない場合もある)を希望。
セットの中に赤ちゃん用の紙製の棺、へその緒を入れる木箱、産褥シーツ、パッド等々が入っていたと思う。
長いパジャマ姿の自分がただただ悲しい。
次来る時は出産の時だと思っていたから…
※以下処置の表現あります
11:30
処置室に呼ばれて経膣エコー後にラミナリア7本挿入。
あぁ本当にもう戻れないんだ、
もう本当に私は妊娠をやめてしまうんだ、
赤ちゃんとお別れしてしまうんだ。
今も生きてポコポコ動いている、この子を…
消毒からクスコ?までも痛いけど何よりゆっくりカウントされながら入れられる恐怖。
内診なのか、何をされているか分からないけど無理やりこじ開けられているんだろうなと言う感覚が表現出来ないほど痛い。子宮口を摘まれてるのか、触られてるのか、とにかくエコーの時などに色々突っ込まれた時に感じる痛みより何倍も痛い。
悲しいんだか痛いんだか赤ちゃんごめんねっていうのなのか分からないけどボロボロ涙が出る。
パジャマのポケットにうさぎ柄のロンパースをお守り代わり入れていたので色んな感情を感じながらギュッと握る。
もう1つのハート柄のロンパースはパパが持っている。(私の入院中、お出かけする時一緒に持って歩いてたそうです。)
痛いけどまだ嗚咽レベルで済んだ。
呼吸乱れまくりで、息の荒い人になる。
赤ちゃんの事を考えたら、自分が感じる痛みなんて…とも思うけど痛いものは痛かった。
赤ちゃんが痛かったり苦しかったりしていなければいいなと思うばかり。
ある種自分への罰として感じる痛みだと思って、嫌だ、とか止めて、とかは絶対に言わないと決めていた。
出産はこれ以上痛いのだろうか…と恐怖する。
終わってから下履いて部屋に戻るけど、歩くのがやっとっというかほぼ歩けない。
違和感と下腹部と腰のだる重いんだか痛いんだかっていうのが一気に断続的にあって座るのも横になるのも響く。
例えるなら重すぎる生理痛の20倍くらい。
そんな中昼食が届いたのでなんとかベッド上に座って食べるけど、奥の皿に箸伸ばすの辛すぎる。
ご飯美味しい。
1ヶ月半も入院していたのに、1回も病院食を食べる事無く退院したので、病院食を食べたのはこれが初めてだった。
13:00頃
師長さんが挨拶に来てくれて、腰さすってもらうと和らぐ痛み。
話聞いてもらってボロボロ泣く。
処置直後は痛くて涙でなかった。ごめんね。
下腹部はだる重い、腰は死ぬ程重い。
これは便意なの?いきんでいいの?
そんな感覚と闘いながらベッドの上で携帯を見ていた。
前回の入院の時はとにかく四六時中具合が悪くて、生きるだけで精一杯。でも時間が過ぎるのが絶望的に遅くて、何とか紛らわすために必死で携帯を弄っていたけど、今回は気持ちの余裕が凄い。
でも、ふとした瞬間に涙が止まらなくなる。
そのうちに出産一時金の手続きの説明に事務の人が来る。
40万4000円出るらしいけど4000円て何?41万ではダメだったんですか?と心の中で思う。
14:00~15:00
フォロワーさんが送ってくれたブログを見て励ましてもらう。
ちょっと体に馴染んできたのか最初よりは痛みが気にならない時の方が多くなってきた。
16:40
初めてトイレ行くがおしっこが出にくくて焦る。尿閉になったのかと思った。
出てもチョロチョロしか出ない、腹圧掛けたらラミナリアなんか下がってきてない?って感触あるけどこれ大丈夫なのか???
トイレで1人首を傾げてばかりだった。
あとペーパーに薄ら鮮血っぽくついてきたので念の為中ナプキンに変える。
歩く時の痛みはだいぶ良くなり、違和感だけに等しい。ただ端座位になるとちょっと内蔵に刺さってる?という感覚で痛い。
看護師さんに聞くとガーゼ詰めてるから触れる感じするかもしれないとの事。
シャワー予約入ってるけど入れるかなぁって保留。
もしガーゼが落ちてきたら診察するかもって言われた。
18:00
夜ご飯完食。喉つわり少しありだけどだいぶマシ。
ただ動く度にガーゼがでてきそうで恐る恐る動いてしまう。
軽く便意っぽいのあるけど踏ん張るの怖いからギリギリまで待つ。
20:00
シャワーの時間になったのでおしっこしてみるとまだうっすらの出血付くかな?ぐらいで何も飛び出てこないのでシャワーへ。
悪阻酷かった時は1人で入れず、看護師さんに付き添ってもらったり行き帰り車椅子だったり、点滴繋いだままのシャワーだったのでポンプ類にビニール掛けてもらったり。
歩くだけでフラフラしていたので、シャンプーなどの荷物を自分で片付けられず助けて貰ったり。
1人でフラッと済ませられなかったので、1人で入れるようになって感動したけど、悲しくて泣いた。
こんなに元気になっても、全然嬉しくないんだもの。
シャワー中も股を洗おうとするとなにか飛び出た先端みたいなのに触れてるけど大丈夫なのだろうか?
あんまり触らないようにして終了。
まさかの部屋にバスタオルを忘れて全裸でナースコール押す羽目に。
ドライヤーを返しに行くと、前回入院してた時に新人で日勤だけだった子が夜勤帯にいる!と感動した。
しかし今回入院してから、前回に何回も担当になっていたような顔見知りの看護師さんが担当にあまりならない。
わざとなのかたまたまなのか?
逆に有難い気もするけど、産む時は知ってる人がいいなぁ。
21:00
歩いても殆ど痛みを感じない。
普段の生理痛位になってきた。これでいいのだろうか???
夜になると涙が出てきて泣いてばっかり。
赤ちゃんがポコポコしつつもたまにブルブル震えるみたいに動いてるのはラミナリアのせいなの?
ずっとここにいて欲しいよ。
23:40
夜勤前にパパと電話して切った後トイレへ。
おしっこは普通に出るけど手前につめてたガーゼが便器の中に落ちる。
少しずつ鮮血が濃くなってきてるけどまだ薄め。
ナースコールを押して診察になるかもしれないと言われたけど、お腹の痛み強くならないならこのまま夜は寝ても良いとの事。
これが張りなのかただの痛みなのかよく分からない。
赤ちゃんはポコポコしている。
パパ夜勤行ってらっしゃい!
落ちそうな感覚はガーゼだったのか。
取れたらちょっと楽になった!
1:00
下腹部痛が向きによってあるけどまだ自制内。
このまま寝ようと思う。