カウンセリングと心理学

カウンセリングと心理学

心の病気とは何か?もし自分がそうかなと思ったら何をすればいいのか?どういった解決法があるのか?お金はいくらかかかるのか?薬を使わなければならないのか?このように、生活に直接関係あることから、専門的なところまで、広くとりあげてみるつもりです。

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 わたしたちは多くの知識を本や音楽(の歌詞)から得ているにもかかわらず、自分に余裕がなかったり、つらいときには、そのようなことは実際の生活には役に立たないと言ったりします。
 確かに経験してみなければわからないことはありますが、私は上記のようなことを言うことが好きではありません。

 そのような人は、「いい」と思っていても、実はそれをポップなものとしてしか受け入れていないだけではないかと思うのです。個人的な意見ですが、本や歌詞から得た知識を実際の生活、生き方に取り入れていくことは、体験と同じくらいの意味をもつと思っています。

 

 

 
 なかなか更新できませんでしたが、久しぶりに書きました。ちょっと予定を変更して、最近気になった心理療法への批判について、抑うつを例にして書こうと思います。
 最近、抑うつは誰しもが経験することで、特別に病気と騒ぎ立てるものではないという記事を目にしました。また、以前から指摘されていることですが、臨床心理学者は心の病気を作りだしているという考え方があるようです。
 このような考え方は臨床心理学のなかでもあります。例えば「抑うつリアリズム」と言われるような考え方です。抑うつの症状は、多くの場合何かのきっかけによって引き起こされるわけですが、そのようなときに落ち込んだり、うつ状態になるのは人として自然だということです。よって、うつ状態に陥る人は現実をしっかり把握しているとも考えられるのです。また、うつになりにくい人は、考え方などがプラス思考であったりして、きっかけが起きてもうつになりにくいと考えられますが、言ってみればこのような人は現実をねじ曲げているとも考えられるのです。
 さらに、このようなことも言えるかと思います。抑うつ状態は、自分にとってなんらかの重要な意味を持っており、行動や考え方を結果的にかえようとする心理療法(主に認知療法・行動療法を指していると考えられます)は、その人が自分について深く考える機会を奪っている。

 以上の考え方から心理療法について批判することは一見筋が通っているようにみえますが、やはり、最近の臨床心理学・心理療法の考え方を理解していないと言えると思います。
 全ての心理療法家がそうしているとは断言できませんが、少なくとも現在私が学んでいる心理療法の考え方として言うと、その人が苦しんでいて、明らかに普段の生活を行えなくなっている状態を、改善の方向に向けるのが目的であるということです。カウンセリングに来る人たちは、自分が今つらくて、おそらく普段の生活に支障が出ているから来ていると思います。そのときに、自分について考えるチャンスですねと言っていてもクライエントさんのつらさは解消できません。また、そのようなことはその人の本質にかかわることでしょうから、一朝一夕ではいきません。その間にも、その人は学校や仕事に行ったり、家事などを行わなければならないのです。
 つまり、心理療法では、とにかく抑うつ状態が出ていることを病気と見なして絶対それを変えようとしているわけではありません。心の問題で(その結果身体的にも)つらくてなんとかしてほしいという人たちの力になることを目指しています。

 ということで、もし心の問題で苦しんでいると思ったら、お近くの病院(はじめは内科でもいいと思います)や、大学があれば心理相談室(以前も書きましたが、圧倒的に費用が安いです)を訪ねることをお勧めします。その人の問題がパッと解決できるわけではありませんが、
1.人に話すことで単純に楽になる。
2.そのような問題をコントロールするための援助が受けられる(多くの技法がある)。
というメリットがあります。

 1については、知らない人に何がわかってもらえるのか、という人がいますが、自分の心の問題を知り合いに話すことはかなり勇気がいることだと思います。また、個人的な経験からですが、知らない人なのに、これまで誰にも言えなかったことを喋っていたということがありました。その場でのみする会話と割り切れるからかもしれません。心理関係の専門機関であれば、守秘義務がありますから、外に漏れることも絶対にありません。

 心理療法の質は常に更新して行かなければなりませんが、心の専門機関へのアクセスをより身近にするというのも、特に日本においてはそれ以上に重要な仕事なので、このブログがその一端を担えればと思います。

 
 
 最初は前回の心理検査の続きです。
 心理検査の中に「ロールシャッハ・テスト」というものがあります。インクのシミが何に見えるかを答えてもらい、その人の内面を理解しようというものです。インクのシミといっても、ただのシミではなく、大抵なんらかの形に見えやすくなっています。どんなシミかというと、これは一般の方はあまり見られないようになっています。ほとんどの心理系読み物でも、取りあげられてはいますが、実際のシミとは違うものを載せています。これはあまりにシミが公表されると、実際にテストを行うときになって不具合が生じるからです。少し前の映画ですが、ビデオのパッケージに本物のシミが印刷されていたため、臨床心理学の分野の方たちから抗議運動が起きたことがありました。結局止められませんでしたが。

 前回の話の続きになりますが、ロールシャッハを解釈する手順はありますし、日本ではかなりメジャーな検査です。また、こういった検査ではめずらしく、コンピュータを使って結果を数字にまとめられたりもします。しかし、やはり、何故そう解釈できるのかに本当の意味での根拠は無いんです。それでもシミを答えることによってその人の内面がわかるというのは非常に魅力的ですし、プロは使いこなしているのかもしれません。ただやはり近年実証に基づいていることを重視する傾向がありますので、いつまでロールシャッハ・テストが使い続けられるかはわかりません。

 実証に基づいた臨床心理学と最も相性がいいのが認知行動療法(CBT)です。このブログでも書いていますが、CBTでは、効果があったかどうかを調べて、1つ1つの研究結果もまとめて、全体としてその介入は効果があったのかということを確認し、効果のあるものを使おうという基本姿勢があります。カウンセリングも基本的に短期間で行われ、費用が安くてすむ可能性があります。
 これを否定的に合理主義と言う人もいますが、病気を治したいといっているときに、そんなことは関係ありません。

 「効果がある」と何をもって言えるのかというと、やはり心理検査です。例えばうつ病だったら、BDI(ベック・ディプレッション・インベントリー)という質問紙が有名です。これによってうつ病の人のうつの強さを調べることができます。
 
 私のブログでは比較的CBTを押していますが、ではCBTはもっともすぐれた方法かというと、そうではありません。効果があることは確かですが、CBT的な学問を研究している人たちのやりかたの中で効果があるということでもあるのです。
 例えば、行動を変えることが現在の問題を解決する(行動療法の目的)かもしれないけれど、本当にその人の人生において意味があることか?ときかれると、なかなか難しいと思います。

 ただ、あまりにも生活に支障をきたしていたり、苦しんでいるなら、行動を変えることを第一目標にすることは自然なことだと思います。

 それではこの辺で。次回はカウンセリングを受けようと思ったらどうするか、ということを書きたいと思います。けっこうここで悩む方がいられると思います。「病院に行く」が最初ではありません。ネットで検索するとか、タウンページをめくるとかが最初だと思います。検索語はなんでしょうか?もっというと、最初にすることは「恐いけどどうしようかと考えること」かもしれないですね。
 そういったことを話したいと思います。