2015年1月18日
わたしは2013年10月に父を胃がんで亡くしたばかりで、
その父の誕生日がなんと、1月18日でした。
同じ誕生日になるとは…
生まれ変わり?!にしては、早すぎるだろー
ま、不思議な事があるもんですね。
出産後、分娩室で休憩を終え、
朝方5時頃、病室に案内され休みつつ、
乳搾りが始まった。
なかなか悲しい、切ない姿。
自分が牛さんになった気分。
でも、ベビちゃんのためなら、なんのその。
どんな姿でも頑張りますよ。
しかし、これがなかなかしんどく、おっぱいも痛いし、お腹もお尻も痛くて本当に辛かった。
夕方、NICUにいるベビちゃんに会いに行けた。
初めてこの病院に来た時、NICUに入って行く人たちを見て、大変だなって思っていたら、まさか、自分がここに来る事になるとは…。
NICUの使用方法など、説明を受けながら、やっとベビちゃんにご対面。
顔に色んなものを着けられて、いまいちちゃんと顔が見えない。
この状態は、普通じゃないが、
こんな状態で産んでごめんね、
可哀想だな
変わってあげたいな
という気持ちがある上で、
ここは子供の病気に関してはエキスパートな病院なので、何があっても大丈夫って、安心していた。
だから、テープや管がいっぱいついていても、
お顔見えないやーくらいにしか、思っていなかった。
先生からレントゲンを見ながら説明を受ける。
まず、気胸を起こしていた。
肺に穴が開いていたため、呼吸が弱かった。
すぐに鼻から酸素を一気に入れると、自然と治るらしく、気胸に関しては、治りかけていて、肺も膨らんできていた。
腎臓は2つとも小さく、特に左はほとんど機能しておらず、右の小さな腎臓だけで動いている。
これが、先生が説明してくれた内容。
話の中で先生が、こんな事を言ってくれました。
まだお母さんのお腹の中にいる間、エコーで診察していましたが、これはプールの中を泳いでいる人間を外から見るようなもので、非常に、見えずらいもの。
生まれてきて、初めて色んな事がわかり、羊水が少なかったのも、気胸も腎臓のせいだと思われます。
これは、誰のせいでもなく、たまたま腎臓がうまく育つ事ができなかっただけなので、非常に稀なケースだからお母さんは気にする事はありません。
そう言ってくれて、気にしていた気持ちがほんの少しだけラクになりました。
そして、ベビちゃんがこんな状況で生まれてくることを見越したかのように、強くこの病院で産まないとダメです。と言ってくれた、母性内科のU先生に感謝しました。
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