【仰木 彬】
2005年12月15日、肺がんのため福岡県内の病院で死去、享年70歳。
ちょっと待て!
ウチのおじいちゃんの命日ではないですか!
70歳・・・早すぎますよ。
Jullyさん、読んでます?
<プロフィール>
福岡・東筑高から1953年夏の全国高校野球大会に出場し、54年に
西鉄に入団。三原脩監督の指揮で黄金時代を築いた西鉄の二塁手
として活躍し、67年に引退。70年から18年間、近鉄コーチを務め、
88年から92年まで監督。ロッテとのダブルヘッダーとなった88年
最終戦は、時間切れ引き分けでリーグ優勝を逃した。その日付の
「10・19」は、球界の語り草となっている。
ハイ、間違いありません。
学校で大騒ぎだったのです!
<エピソード>
入団時に当時のマスコミが「野獣の群れに貴公子が紛れ込んだ」
と評するほど端正な顔立ちだったため、女性人気が高かった
パンチ佐藤 をかわいがっており芸能界転向を薦めたのも仰木さん。
そのとき仰木はパンチに「お前は野球をやっても大成できんが
芸能人なら大成できる」といった上にパンチも怒るどころか
「ハイ辞めます」と二つ返事で答えたらしい。
アメリカへイチローを激励しに行ったときは
「パンチパーマ」「サングラス」「ステテコ」という格好だった上に
イチローがあまりに恐縮していた為
「イチローがジャパニーズマフィア に脅されている」と騒ぎになった。
ただし、この話は仰木の下でプレーしたこともある金村義明のネタ
という説もある。
・・・そんな中、元旦、みのもんたも入院するようですね。
なんだか切ない。。。ご冥福をお祈りします。。。
