2014年5月1日

 

大阪吉本新喜劇に入団させてもらって7周年

 

昨日から8年目となりました‼︎

 

これまでたくさんの応援ありがとうございます‼︎

 

1992年に水玉れっぷう隊として

 

吉本興業に入って

 

2丁目劇場を中心に

 

舞台に立たせてもらってたけど

 

劇場閉館にともなって

 

2人で東京の所属となって再出発。

 

 

仕事としては順調なものじゃなかったけど

 

日本中の笑いをつくってる素晴らしい先輩方々の側に居させてもらえて

勉強になりまくった年月だった。

 

このことついてはまたいつか話したいと思います。

 

 

 

活動の場は、主に東京新宿ルミネtheよしもとでした。

 

水玉れっぷう隊のコントなどネタにも出してもらってたけど、

 

東京の吉本新喜劇につかってもらうようになりました。

 

今田さん、板尾さん、キム兄、東野さん、石田靖さん座長の吉本新喜劇。

 

特に石田靖さん座長の新喜劇には毎回出してもらい10年、

 

とことんボケやノリを試させてもらって

 

自分たちの居場所に感じてました。

 

 

 

それがあるとき

 

ルミネtheよしもと新喜劇部門が

 

大道具の保管の問題やらいろいろな問題で

 

縮小されることになり

 

吉本新喜劇が減り

 

スペシャルコントに転換されていくと聞き悩みました。

 

それまでから石田靖さんに

 

「大阪の吉本新喜劇に入ったらいいねん!!」

 

「大阪で新喜劇を真剣にやった方が絶対ええって!!」

 

とアドバイスをいただいていました。

 

他の仲間たちからもちょくちょく

 

「大阪の吉本新喜劇がいいんちゃう?」

 

と声をかけてもらっていました。

 

 

 

もちろん興味はあったけど

 

そんなあまいものじゃないと思っていたので

 

すぐにはその気にはならかった。

 

 

 

それでも状況が変わっていく中

 

2014年のお正月、ルミネで桂三度くんに会ったときにまた

 

「アキは大阪の新喜劇でやった方がいいんちゃうん?」

 

と言われました。

 

 

これまでもずっと考えていたけど

 

考えて考えて考えました。

 

 

僕を何をやりたいんや。

 

 

今まで経験してきた東映京都撮影所、笑劇団、2丁目劇場、

ルミネtheよしもとと経てきて

 

「笑いのある芝居が好きや‼︎」

 

うん、そうや

 

「大阪吉本新喜劇にチャレンジしよう‼︎」

 

と心が決まりました。

 

 

 

相方のケンに相談しました。

 

相方と5月から

 

水玉れっぷう隊そろって大阪吉本新喜劇に

 

所属させてもらえることが決まりました。

 

 

でもこれは直前1ヶ月前になってケンから

 

「やっぱり大阪には行かれへん」となったんです。

 

ケンはまだ東京で結果を残せてない。

 

役者をやっていきたい。

 

というのが理由でした。

 

高校時代からの友だちで

 

笑劇団、2丁目劇場、ルミネ劇場と

 

一緒にやってきて、

 

一緒が当たり前と思ってたけど

 

そうかそうやんな。

 

僕はケンの才能を信じてるし

 

ケンのやりたいようにしたらいいと思った。

 

でも水玉れっぷう隊は終わりか・・

 

 

 

当時も東京の責任者だった

 

今の吉本興業の社長である岡本さんに

 

お詫びと僕だけ大阪に行かせて欲しいことを伝えるために電話をかけた。

 

アキ 「僕だけ大阪行って、相方ケンは東京に残ります。」

 

   「なので、水玉れっぷう隊は解散することに・・」

 

岡本さん「だれが辞めなあかんって言うたんや。」

 

    「両方やったらえぇがな。」

 

 

驚きの寛大な許可をいただきました。

 

もう2人で入団っていうのでイベントも企画していただいていたし

 

こんな直前、僕らくらいのタレントやのに未来を広げてくれた。

 

 

そんなこんなで

 

僕ひとりだけの大阪吉本新喜劇への入団となりました。

 

強い決意をもって大阪に向かった。

 

大阪に住むところはない。

格安のビジネスホテルやカプセルホテル。

マンガ喫茶を利用して過ごした。

 

あと少し。あと少し。

準備期間を経て

 

5月1日に在籍となった。

 

吉本新喜劇の舞台にすぐに立てると思っていた。

 

そうはいかなかった。

 

一番最初に舞台に立たてたのは

川畑座長週のなんばグランド花月で

島田珠代さんの代役として出演させてもらった同年7月末のこと。

 

それからも順調とは言えない日々だったけど

辻本座長に「アキ器用やから助けてな。」と

声をかけていただき

黄色の借金とり、シゲオとアキコなど

次々と舞台に立たせていただけるようになっていった。

 

Joy!Joy!エンタメ新喜劇

台本のない新喜劇

 

など、僕の好きなアドリブやエンターテーメントの舞台も

たくさんの方に応援していただき

配信ができるまでのものに成長させてもらった。

 

それから数年、辻本さんが座長を勇退なされたり、

 

今のこんな時世がきてしまったり、

 

変化は続いてますけど、

 

最近は新しい場も見えてきました。

 

 

がんばってたら夢が叶っていく。

 

今、あらためて言えることは

 

「吉本新喜劇が好きや‼︎」ということ。

 

舞台に立ってお客さんが

 

感動までの笑い声をあげて拍手をくださるとき

 

「これや〜この感覚」

 

「しあわせやー」と思うんです。

 

僕は8年目もこれからも

 

あの手この手を考えて

 

できるだけたくさんの人たちに笑ってもらいたい!!

 

そう思いながら

 

一舞台一舞台を

全力でがんばりたいと思います。

 

 

 

これまでありがとうございました‼︎

 

これからも応援よろしくお願いいたします‼︎