東京観光 | 真田大豆の駄文置き場だわんにゃんがうがおおおぉ!!!

真田大豆の駄文置き場だわんにゃんがうがおおおぉ!!!

真田大豆が極めて不正確で面倒くさい独り言をひたすら綴り、ややもすれば自ら恥を晒していくブログだにゃんわん!話半分に読んでね!

▼2015年8月某日 靖国神社 明治神宮
 暑いし、羽を伸ばそう。
 んだな、靖国神社と明治神宮に行こう。

 早朝、高速バスで東京駅を目指すも高速が渋滞。八潮パーキングからつくばエキスプレスの乗り継ぎ乗車券100円をバス運転手さんからサービスされ、秋葉原駅に8:30頃到着。今回もデジカメ、水筒、そしてマップル関東圏を持って歩き出す。秋葉原ショッピングの衝動、誘惑を振りきり中央通りの横断歩道を西側に渡る。早速、都心の情景に心奪われて田舎者丸出しでデジカメをバシャバシャ。方向音痴には致命的な予定外の自由行動。目指すべき方向が分からなくなる。が、この感覚が楽しい。とりあえず適当に歩こう。
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 あれ?神田明神じゃないですか!お参りしてこー。高層マンションやオフィスビルに囲まれた神田明神の凛としたたたずまい、美しい。手水舎で左手→右手→左手で受けた水で口ゆすぎ→再度左手…の順にお清めを済ませる初体験。楽しい。むむ、これは今巷で大人気のラブライブ…の絵馬!これは断じて萌えグッズなどではない。「1500円の御奉納になります、はいこちら御供物になります、ありがとうございました(売店の巫女さん)」。そう、私は神田明神に奉納し、この御供物としてのラブライブ絵馬を手に入れたのだ。これ以外にないのだ。んだんだ。チャリーン、二拝二拍手一拝。「日々ありがとうございます。今後もいろいろ頑張ります、見届けてください」、ムニャムニャ。幸先の良いラッキーな寄り道ができた。
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 路地裏好きだからあまりでかい道に戻りたがらないで歩いていると、マンションの隙間に隠れたような、小振りながら階段や起伏に富んだ宮本公園に出くわす。大通りの喧騒を遮るマンションの、視野の上から下へめいいっぱいのベランダ郡と、オフィスビルの空調の室外機の群れなどが日陰を作り、束の間の涼を、後方の神田明神のご神木と共に作ってくれているという、地元の人にとっては何の変哲もない日常的光景が何とも贅沢に映り、都心ならではの人智結集的な魅力への羨ましさに、軽く心が悶えた。否、悶えっぱなしだ。この感覚が欲しくて東京見物をしているようなものだ。向かいのベランダと、この宮本公園とを日常の行動範囲で繋ぐ親子の営みと表情を想像するだけで嬉しい気持ちになれる。こういったインスピレーションで溢れている東京が大好きだ。
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 ちょっと悠長過ぎると、肝心の靖国神社への歩みを速める。適当に南進、んで靖国通りに出よう。ん、川(神田川)、鉄道の駅(御茶ノ水駅)、そしてでっかい重機と工事現場。何か駅の拡張してるっぽい。良く分からんが、すげぇ。神保町の古書店街を歩くのは、財布の中身も時間も全く準備されてない今の自分には無駄でしかないので、又路地裏に逃げる。暑さでトチ狂ったか、気付けば日本橋川。靖国通りどこいった?カラスさん、鳩さん、はと、パト、…、押井守っぽいメタファが揃ってた。
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 せっかくだし皇居のお堀づたいに歩こう。清水門。あれ、ここ散歩道に公開されてる?毎日こんなところ散歩できるなんて、やっぱ東京は恵まれてますなぁ!武道館ではこの日東北チャリティコンサートみたいな催しの設営作業か何かがされてました。しかしさっきから雨が降ったりやんだりで蒸すなぁ。田安門、北の丸公園、出た靖国通り、九段北、あれ?「終戦70年ナンチャラ…」、間違いない、ここだ靖国神社!
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 靖国神社のサイトの境内案内図から勝手に想像していた雰囲気とはかなり違って、植樹された樹木や外壁は荘厳ででかいし、靖国通りの歩道橋を渡って入口が見える場所までぐるりと回ってみれば、うは、なんじゃこの鳥居、でっかい!境内、神門、拝殿に向かって進みながら圧倒されっぱなし。靖国神社ってもっと規模の小さい神社だとばかり思ってました。男女カップル、親子、外国人観光客(見た感じアジア系と白人系で7:3)、参拝客って普段からこんなに賑わってる感じなのかな?やっぱ夏休みだからかな?しかしこれを夏の炎天下で何とも思わせない程の靖国神社のキャパシティ、風の通りが良過ぎて引き締めたい心持ちに余裕が生まれます。で、ありました、靖国の手水舎。これだけはどんなに暑さで馬鹿になっても忘れて通り過ぎたくなかった。柄杓(ひしゃく)を右手にとって左手を清め、次に持ち替えて右手、再び持ち替えて左手で受けた水で口をゆすぎ、最後に柄杓を縦に水を流して元の位置に戻す。又一つ賢くなれた気分。鳥居や神門などをくぐる際には、少なくとも日本人と思われる参拝客の方々はちゃんと本殿に向かって一礼、お辞儀されてたんで、私も倣ってちゃんと一礼。あ、伝書鳩の白鳩さんの面々。放し飼いなんだ。犬さん、馬さんはさすがにいないよね。後で霊像を拝ませて頂きます。

 昇殿参拝!参集殿の窓口でにこやかな巫女さんに案内され室内へ。一方、個人参拝受付の案内担当の巫女さんは終始ポーカーフェイス。神聖な雰囲気作りとか、参拝客の心持ちを引き締めてもらおうといった演出というか運営方針というか、低俗な私には計りかねない責任感で続けられてきた様式なんだろうな。それでいて、そんな伝統美の精神性を秘めながら、声も顔もお綺麗なのだから、低俗な私には困ったものです。素直に、美しいものは美しいと心の中だけで開き直って叫んでましたよ、はい。昇殿参拝申し込みのタイミングが近かった一家族グループと共に、神職さんを先頭にいざ本殿へ!本殿に続く廊下を一歩一歩ありがたく踏みしめ、感触を味わいました。修祓(しゅうばつ;おはらい)。本殿到着。正座。ここで初めて、首に巻いた手拭いをとる。気付くタイミングが遅過ぎだわボケ、自分!神職さんのノリト(?)で私の受付で記入した苗字も読み上げられ、こっぱずかしくなるが直ぐに気持ちを正す。ここでは冗談抜きで私心は無用、只英霊に対する尊崇、感謝、慰霊の気持ちに集中すればよい、と言い聞かせ続ける。僅かな正座で脚が痺れ、痛い。玉串!!!神職さんから手渡されてじかに手で持った玉串!!!玉串拝礼の作法は、サイトの説明を読んでも分からなかったので、隣の家族代表さんを見よう見まねで捧げる。あぁ、目の前に今しがた私が奉納した玉串が!無意味に動揺するな、感謝と慰霊に集中しろ、自分。そう、当たり前のことを普通にこなせば済む話だ。暫し黙祷。「戦後社会に生まれ育ったとはいえ、ようやくここまで辿り着けました。申し訳ない。これまでの近代日本をありがとう。そして今後の生き様を何卒見届けてくださいませませ」。ここで理屈無しの激情に駆られ涙するような無法の私心は無用。改めて参拝客全員の二拝二拍手一拝を終えて本殿を退く。少し離れた廊下で本殿を眺めて杯を頂く。杯を手渡してくれるさっきのポーカーフェイス巫女さん、いちいち可愛い(後で反省。「本日は靖国神社にお越し下さりありがとうございました」とポーカーフェイス可愛い巫女さんの手厚い見送りで参集殿を後にする。ありがとうはこちらの台詞です。

 遊就館。戦没者にまつわる遺品の展示。連隊に徴用される若者らに教諭生徒総出の寄せ書きがされた必勝の日章旗。どんな経緯で残ったのか。帝国陸軍兵が鹵獲した手りゅう弾。これを見て思わずクスっとなった自分は無知なのです。帝国海軍兵の西洋史講義ノート。「古代史。約5000年前(…)ナイル(…)メンフィス(…)統一的国家(…)エジプト文明(…)」。やっぱそこから始まるのか。何か親近感。帝国海軍兵の航海記録。「赤道通過。運動会。演芸大会」。これを見て思わずクスっとなっても問題はあるまい。帝国海軍兵の使用した懐中時計。現代の粗悪多売品からは想像も付かない技巧の結集。正に時代が違う。命を懸ける連帯感で繋がった隊長から部下へと脈々と受け継がれた勲章のような位置付けだったのかなと勝手に妄想。戦没軍人の遺影。びっしりと埋め尽くして並べられたそれらはことごとく若い、若い。戦時の死者と生き残った者との決定的な境界線は、時代を超えて拝館者たる私と遺影の若者らとの間にも、厳然として存在する。何故この遺影の若者は戦争に命を持っていかれ、この私は今も尚生き永らえていられるのか。これは究極の戒めである。極めつけの花嫁人形。若くして妻も娶らず戦地に駆り出された兵隊を想って、遺族が送った花嫁人形。誤解を恐れずに書くが、現代日本の美少女フィギュア趣味に理解のある方々には、この花嫁人形を目前にして、言い知れない激情が爆発することを、ゆめゆめ忘れず注意、覚悟されることをお奨めする。私は率直に、靖国の花嫁人形だけは10秒と平静を装い鑑賞することは到底不可能だと、その場を早々に離れる他なかった。この一瞬だけでも、花嫁人形の美しさが理解できたことは確かだが、バックグラウンドが強烈過ぎる(涙。花嫁人形を見れたことで、遊就館を訪れた目的のほとんどが達成されたようなものだ。土産コーナーの帝国海軍略帽を迷って諦めて遊就館、靖国神社を後にする。
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 次に目指すは明治神宮。青山通りで青山2の信号を目指し、次に今話題の国立競技場跡地、更地を見物してから、千駄ヶ谷駅をやり過ごして北参道入口を目指そう。突然現れる高層ビル工事現場、釣堀、遊歩道に心奪われつつ、青山通りの永田町駅付近に出て、豊川稲荷の赤い提灯の列や、赤坂御用地を警備する警察官の御苦労を眺めてひたすら歩き、青山二丁目の信号を右折で明治神宮外苑のいちょう並木、ここで突然鳩の一群が飛び立ち始めた途端、豪雨がバシャー。デジカメを携帯傘で守りながら国立競技場更地に到着。局地的豪雨が去った後の爽やかな景観、エンパイヤステートビル(違う。隣の神宮外苑敷地では何やら設営作業員が突然の大雨に振り回された感じで忙しくやってるのに反して、国立競技場更地じゃ搬入されっ放しの重機の数々が完全沈黙してました。アンダーコントロールw。千駄ヶ谷駅を過ぎた付近で、多分中国人観光客カップルにスマホの写真を見せられ「スミマセン、コレドウヨミマスカ?」の質問に「しぶや」と応対する。「何なら地図(マップル)ありますけど、使います?」「オォ、ダイジョウブデス」。何か力になれないかなと余計な思惑ゆえの天然ボケ。
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 17:00頃。さぁ、北参道入口着きました。NHKで明治神宮の、江戸の植生に沿った植樹行政プロジェクト…みたいな番組観てたんで、想像通りの大迫力。ちょっとデング熱恐いけどすげぇ。北参道を南進して本殿へ。静か。涼しい。「ここが東京?」などと違和感を抱けない私は田舎者。只、江戸の天然の植生を忠実にここだけ再現し遺したって凄さを体感できる喜びに酔いしれた。日が暮れてきて、夕焼けが明治神宮の植生の梢を逆光で綺麗に焦がし始めたので、デジカメをマニュアルモードに。
 拝殿で通常参拝。西の門から拝殿を出て直ぐのトイレのモダンなライトアップに感動。南池の外側をぐるりと反時計に回って南参道の鳥居を拝んだところで閉門のアナウンス。都合いいもんだ。
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 さて、往復切符バスの東京駅まで鉄道を予定していたが、欲張って歩くことに。Let's 東京トレッキング!
 表参道。若者の渋滞列。田舎じゃ花火大会とかでなきゃこんなのお目にかかれんぞ。普段からこうなの表参道!?若干居心地悪さを忍んで青山通りで左折し、元来た道を突っ切って皇居の南側をぐるり、東京駅に向かう算段。エクセル東急側から見た夜景が綺麗だった。永田町駅。ちょっと歩けば、ありゃりゃ、戦後70年、開国TPPとかいって、先人が守り抜いてくれた日本国を世界にバーゲンセールで売り叩こうって与党と、逆に中華共産主義に国土主権を御開帳しようって野党の、ろくでもない者同士が売国茶番を延々と繰り広げている国会議事堂じゃないですか、ヤダー。とりあえず、護憲も改憲も等しく国益に反した、戦争参加に無抵抗な主義主張なのだから、国会は早く明治憲法改正の審議を始めてください、お願いします。最高裁判所。犯罪よくない。皇居、内堀通り。千代田区のオフィスワーカーのジョギングコース。多忙重責の職務を終えて尚走って自己鍛錬の鞭を打つって逞しさにあっぱれ。基本反時計回りなんだね。時々これを逆走する自転車なんか観掛けてちょっと心配になる。日比谷公園をやり過ごし、帝国劇場のライトアップにデジカメを向ける頃は19:30を回って、ヘトヘト。半沢直樹級の義憤に厚い有能な証券マン、銀行マンの皆様。今日も日本国内産業活性化のために御奔走、まことに御苦労様です!いやぁ、普段直接目にしない、日本の中心を支える人々の日常を垣間見れるって凄く刺激的でした。最後まで諦めず歩き切れて良かった。次回はどこを目指すことになるのかな?

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▼2014年4月27日 M3-2014春

 2014年4月27日、『M3-2014春』という音系同人即売会に赴いた。
 作業中のBGMのバリエーションは、ここ最近の1,2年の間で急激に減った。日々の新しいナンバーとの出会いを求める探求意欲が、とんと萎えたというのが大きな理由で、これは飽くまで悪い意味ではなく、良い意味で、NanosizeMirさんの楽曲群との出会いがきっかけとなっている。NanosizeMirさんの曲は、正に私にとってどつぼにはまるセンスの塊だったのだと思う。もう以降、如何なる音楽的才能・流行・時代の台頭の可能性に期待する理由すらも見出せなくなるくらい、これさえ聞いていられればずっと幸せでいられる・・・と、いつ、どう自分の音楽に対する正直な気持ちを振り返っても、そういう本音の答えしか返ってこない、そういう心境にはまり込んでしまったというか、安住できてしまったというか。無人島に何を持っていくかとか、宇宙人に人類の音楽で何を選別して紹介したいかとかの類で問われれば、是非も無しにNanosizeMir以外ないってな状態。学生の頃はbjorkにはまったが、もうそれ以上のレベル。bjork以降への期待を捨て去るような突き放した本音の感覚は、あの頃の自分にはさすがに無かった。私は、音楽に関しては何の技術も知識も持ち合わせない超素人だし、楽曲それぞれを普遍的尺度で論評できようなどとも思わないし、只、この私的なNanosizeMirさんの楽曲に対するぞっこんの気持ちが何なのかを考えたとき、今の私の音楽との関わり方が、至極私的な次元で終始貫徹、完結できた状態で落ち着いてしまえるものでありたいといった深層意識の願望の上に成り立っているところにぴったりとはまり込んだ、恰好の答えとして享受できている・・・こういうことなんじゃないかということだけは言える。ありていに言えば、誰某とか流行の影響に極力曝されない状況で自分だけのお気に入りを手にできたという類の満足感に酔いしれているだけということなのだろうが、これってかなり獲得困難な境遇だと思えるわけで、幼少から不可抗力的に刷り込まれ、見聞きしてきた価値観体系、文脈のしがらみからも大きく決定付けられているであろう己のセンスを、究極まで刺激し続けてくれるような、他人様からの働きかけに出会えるってことは、それこそ架空の恋物語でしかあり得ないような、超運の良いことなんじゃないかと。私がどんだけNanosizeMirさんが好きかって話でしたが、今回、そんな羨望、憧憬のご本尊に拝謁するかたちで新譜を購入できる機会があると知り、これ目当てでM3という即売会イベントに初参加させて頂いたという経緯なのです。

 イベントの場所は東京、平和島の東京流通センタービルってことで、慣れないバス旅で遠出となれば、開催時間に間違いのないよう、早朝最初の便を使うのがまず確実と、極論を実践してしまい時間をもてあました結果、田舎者根性全開の東京見物、東京という都市模様のトレッキング(?)を兼ねる予定が、ほぼ無計画に立てられた。
 午前6時50分頃、東京駅北側でバスを降りる。
 あてにするのは5年ほど前に購入したスーパーマップル関東版。というのは言い訳にならないが、さっそく現在位置が東京駅のどのあたりで東西南北がどうなってんの、となる。早朝なので、太陽が東を教えてくれ、国道407号線沿いに南下するよういざなってくれました。皇居周辺を無目的に散策した経験は数知れずとも、確たる目的を持って「丸の内」を突っ切るのは初めてで、「うぉー、丸の内すげー、日本の建築技術、ビルのテナント賃貸料は世界一ぃ(ではないと思う)!!」ってなりながら田舎者丸出し状態になってました。
 私の東京に対する、フィクションから得た最も大きなイメージは、押井守監督の『パトレイバー2』で、幼少期過ごした狛江市の風景とは又違う、正にあの、擬似テロでてんてこ舞いになりながら、結局平和ボケのどっしりとした空気の中で、これ又どっしりとたたずむ巨大ビル群と、これの間を縫う冷徹ながら短絡に騒がしい空気感とが、現実目の前にした早朝の丸の内の圧倒的迫力を持つ情景からもひしひしと感じ取れ、味わえたのでした。感無量でした。
 東京国際フォーラムの敷地内を通過。ひたすら建物がでかい。ニューヨークの町並みより幾回りもカッコいいと思いました。マジで。極東の、大陸と海で隔たれた地政学的優位性と、米大国との安全保障の傘のおかげで、世界最先端のレベルで成熟できた経済インフラのもと、人口集中を病的にまで極めた公共への、ストレス軽減策をこれでもかとつぎ込みまくった結果の、これ又世界レベルの都市デザイン、建築技術などの知恵と才能の粋の結晶を見せ付けられた思いになってました。この前後、周辺を漂っていた、カレー粉と生ゴミと煙草のヤニが織り交ざったような臭いからは、不快よりも懐古をくすぐられる、幼少の頃週一で通った渋谷の空気に通じるものからくる、非常に懐かしくも心地よい感慨を得ました。そうだよ、こういう臭いを日常としながら息づく都市ってなものなんだよ、一昔だけじゃなく、今も相変わらずそうあり続けてくれていたんだよ、うはは、と、かなり嬉しい気持ちにもなってました。
 有楽町駅を横切って晴海通を右折・・・と、本来の予定を気まぐれで突如変更、左折して東京湾方面を目指す。平和島に向かうには、かなり遠回りになりそうだけど、地図の見開き二つ分くらい跨いだ先に、5年前には描画されず新しく建造された、歩行可能な海上、海中いずれかの道路がきっと存在するはずだ(笑)と、おいM3は、NanosizeMirはどーすんだよってな無茶苦茶な判断決行がなされたのであった。だって東京の湾岸地帯の風景を楽しめる機会って、今後そうはないだろうと、好奇心も勝って我慢できなかったんですよね。因みにイベント開場予定は午前11時で、この時多分7時30分をまだまわってないくらいだったと思う。よゆー、よゆーw
 晴海通を海に向かって歩き始めてちょっとすると、突然左手に歌舞伎座が出現!あの最近改築終わりましたってお披露目されてたヤツ。東銀座駅って駅と合体したような感じなのね。ここでカメラ持ってたこと思い出す。
 築地を通過。こうして写真とってく観光客を日頃たくさん見てるんでしょうね、地元の方々、恐縮です。この時も私以外にシャッター回してる人いましたもんね。
 勝どき橋に至る。ほのかな磯の香り。この橋ほんとに可動すんのかwすげーw 渡り終え、月島という、多分人口島でしょこれ、面白過ぎるよ、散策した過ぎるよということで、これを右折して寄り道に寄り道を重ねる。朝の散歩をする住民の方々(お年を召した中年以上のカップルがほとんど)多数。毎日この整備の行き届いた遊歩道を、この隅田川最下流のダイナミズムを伴いながら散歩して楽しめるってのは、贅沢過ぎゃしないかい?つくづく病的な人口集中も意に介さない東京という都市の魅力の理由に納得。この日、日曜の様々なお出かけの出発を垣間見る。
 晴海通に舞い戻り、スカイツリーを左手に眺めつつ晴海大橋を渡り切る。ここら辺から朝のジョギングする住民がちらほら。しんどそう。でもやっぱり羨ましい。豊洲6丁目の、2020年東京五輪決定の煽りもあってか活発で大規模な工事現場を右手に見やりながら、新設されてホヤホヤっぽい、ジョギングにはもってこいの道路をひたすら歩く。有明一丁目までなだらかなカーブで渡されたそれの先に、超どでかいヤマト運輸の集荷センターがあり、更に先を右折するとのぞみばし、これを渡り終えた時点で観念する、最早徒歩でこの先、日本列島に渡りつくことは不可能であると。交番に駆け込み(笑)、東京テレポートを案内され、これ幸いに結果オーライで悠々自適に東京湾をやり過ごし、大井町駅に至る。この時、午前9時半を過ぎた頃だったと思うが、天気は快晴な分、疲労の進行具合が想定より早く、足の裏がやや痛い(汗。
 大井町駅下車で歩行再開!と息巻きたいところだが、日頃の寝不足がたたって体力回復が芳しくなく、更に、先の湾岸風景に比して大井町駅から平和島までの間において予測される景観が、ほぼ国道15号伝いなためもあり、日本全国の国道沿いであればちらほら散見される、かなり凡庸で地味、正直どーでもよくなってきた(色々と失礼!!!)みたいなものにしか感じられなくなってきてしまい、だがこの分だけシャッターをきる頻度もぐっと下がって、これらの差し引きとんとんで、徐々に増し続ける足の裏の痛みに苦悶しつつも、何とかそもそもの目的地たる東京流通センタービルに、開場予定時間の午前11時ちょうどでたどり着くことができたのでした。やったぜw

 なんだかんだでかなりこの日は、持てる限りの時間を使って休日を満喫できたわけですよ。勿論帰りは東京駅までモノレールでしたけどね。だからこうして書いてる間中BGMで流し続けてる『始まりを告げる少女』『蒼い障壁』の2枚が、この日受けた感傷の情景を生き生きと甦らせてくれることにも、しっくりと噛み合ってくれるってもんなんです。この最高な作品を、数ヵ月越しに通販で手にするなんて判断で妥協せずに、本当によかったと思ってます。最高の曲との巡り合わせが最良の形でかなったことは、その後の曲との関わり方の質をぐっと高めてくれそうです。
 そして何よりも、会場でNanosizeMirのお二人、作曲者の塚越雄一朗さん、ボーカルの水谷瑠奈さんの両方を間近でご拝謁できたばかりか、サインをジャケットに書いて頂くことまで叶ってしまったのです、家宝です、絶対死んでも手放さない!最高の日でした(涙。

 曲への感想に一定の落ち着きが見れるまでと、私的総括を待つ必要がありました。
 私はこれまでピコミール名義のミニアルバム『BREAKS!』及びこれに収録された『僕ら秘密探偵団』に込められたパッションが最も好きでした。勿論NanosizeMirさんの曲全て好きなのが前提の話。なので、それを超える私的つぼの曲との出会いまでは、正直、過ぎた強欲だと戒めて望みも考えもしないようにしてました。そもそもNanosizeMirさんの同人活動を尚も追跡できる幸せで充分だってことを忘れるなと。ですが、半年以上我慢して聞いてきたサンプルで、やましく過分な期待への誘惑が払拭しきれていなかったことも、今だから独白できる厳然たる本音でした。
 そう、『蒼い障壁』、やば過ぎですw ピアノのあらぶりがー、曲の盛り上がりがー、とかつたない言葉で形容したところで何になる?理屈の総括は最早無用なのだとすんなり潔く諦められる程に、私は『蒼い障壁』が、『僕ら秘密探偵団』以上に気に入りました。
 そして、『始まりを告げる少女』もアルバムを通して、『BREAKS!』に負けず劣らずのレベルで超お気に入りです。ここ一ヶ月間聴き続けた上でのイメージですが、『始まりを告げる少女』は、ひたすら、恋の真っ只中にある人間の心象に容赦なく迫り狂う胸の痛みという劇薬を凝縮、凝縮、凝縮、凝縮、これでもかと凝縮・・・!!みたいな方面へのこだわりを極めた一枚なのだと、もう自然とそう思い込まざるを得ず、今となっては最早そういった聴き方しかできません。だから苦しいです。苦しいけど只々繰り返し聴き続けたくなる、やっぱこれもやばいですねw それほど生々しく、本来自力では再現不可能な、恋愛中の、あの激烈で切な過ぎる高揚感が、アルバムを流している間、どの曲のどこの部分においても想起され続けています。まぁ、こんな私的妄想だけで以下を述べますが、そこで思うのは、こんな曲を聴かせる作曲者は、その製作過程の間、ずぅうぅぅぅぅぅっっっっと、こんな恋の劇薬の中に身をおとしめ続けることに耐えられるものなのか、彼は果たして私と同じ人間なのか!?彼が人間なら、私は一体なんなんだよ?!?、おぃ、どーしてくれんだ、このアイデンティティの危機を、うわあああぁぁん!!!いや、本当に只々偉大だと、尊敬を通り越して、こりゃ畏怖ですよ。冗談抜きで。想起される恋の感傷に苦悶しつつも、感動しっぱなしという非常にややこしい状態にあります、はい。
 気持ち悪がれるかも知れませんが、理屈の外、非合理な総括にも一定の決着は欲しいところなので、以下具体的に列挙。

 『ある時、ある世界』
 アルバムの冒頭からいきなり、「守るべきものが傍にある時 私には何ができるだろうか」という、いざ恋に踏み込んだ男が己の甲斐性を改めて自問せざるを得なくなったときの焦燥感を象徴するような文言をして、よりにもよって軽快な音調、リズムでかつ、相も変わらず包容力に溢れる美声の瑠奈さんボーカルに乗っけて聴かせてくる、これはさも、己の身の丈に合わな過ぎる理想を超えた女性から好意を示されつつも、恋に直面する男性の切実過ぎる問題の部分をえぐり返すよう、同時に催促されるという、いわば心地よ過ぎる拷問ですか!?みたいな、強烈の度合いを明らかに踏み外したレベルの効果でもって、しかしとりあえずは恋愛の生々しいリアリティの序章の舞台に、聴く者を誘う仕掛けが、見事にそういったかたちで施されているとしか聴けない点。

 『いつもトモダチ -なかよしVersion』
 先のナンバーからの流れで、只ひたすら表情豊かで優しく歌うボーカルが、胸に苦し過ぎる、毒薬過ぎる。やば過ぎる。更になんか分からんが凄く贅沢なバージョンアレンジのオケ・・・、お願いだから勘弁してくれぇ、ぐふぅぁあ! → るるんらんららん♪ …な感じで仕上がってる点。

 『のばらの小路で』
 コーラス「らんららんらんらんららららん、ららららんらんらん・・・♪」。もう私のライフはとっくにゼ・・・ロ・・・。
 「今はもうこの路も荒れてしまった」、「君は今どこにいるかさえ知らない」、かぁらぁのぉ、「人はきまぐれ、渡りの生き物 明日を占う風見鶏」と、この流れが心に痛覚を伴って深く沁みます。言わせください、本当に痛いよ!抽象的な概念としてでない、恋の生々しいディテールだけをひたすら曲に盛り込むから、こんなに納得して聴き続けられるのか。過去の幼い破局を、淡い憧憬で反芻するという自己完結が、将来の君にはできてしまえるんだよと不条理を諭しているような、そんな聴く者の自嘲まじりの等身大を、歌い聴かせながら心地よく自覚させてくれるような…そんな点。

 『巣立ちの刻』
 曲が盛り上がるにしたがって、切ない気持ちを訴える歌声の背後で、遠慮がちにそれを応援するようなマラカス(?)のシャン、シャン…という刻み。もうこの雰囲気だけで、切な過ぎる恋人たちの様々な局面が想像できてしまえる…みたいに仕上がっている点。

 『Tao,et Tullia』
 言葉の壁で隔てられた恋が生き残りを賭けて死に物狂いになったら、凄いの知ってるよ。でもこの曲の場合、もう人類同士を通り越して、異種族とかファンタジー系もひっくるめてるから、その壮絶さが幾分オブラートに包まれてるけど、マジで聴いちゃうとやっぱり苦しいよね(悦)!という点。

 『星屑纏う箱舟』
 サビの大団円、フィナーレ的なオケは、もうこれだけで幸せ。幸も不幸も、快も不条理も喜怒哀楽も全てひっくるめてかかってこい、恋の真髄に向き合う覚悟は、お前の最も醜い部分すら全て曝け出して傍若無人にハッピーを掴み取ろうとする図太い執念でしか証明できないんだよ、この厳然たる現実から目を背けるな…ということを類稀な美声で心地よく諭される仕上がりになっている点。

 『始まりを告げる少女』
 表題作でありながら、この曲だけ何か異色なイメージ。このふざけた言いがかりまがいの総括の体裁が保てません。恋とかじゃないですねこれ。下手すると私的思想哲学の命題をも投影しかねないほど、幅広い許容力を持った曲。

 『物語の終わりに』
 と思ったら、先の曲以降、先の曲を軸にして、恋のディテールの過酷さから、少し距離を置いて肩の力を抜いてみな♪と路線転向してバランスとり始めたのか?私は本当にちゃんとこのアルバムを一ヶ月間聴いていたのか(汗?

 『風の便』
 風の便が伝える相手の囁きは、浮世と黄泉の境に隔てられているかもしれないし、輪廻を介して時代を超えているかもしれないし、勿論数ヶ月や数年の悲喜こもごもの重なりを経た峠越しの、充実した仲の近距離なやり取りかもしれないし、恋の生々しいディテールの様々に予測される行く末の総体を描ききっているのか、深い、もう、胸が苦しくて痛いとか馬鹿言ってられない気になってしまう荘厳さがある… …が、全曲リピートで冒頭に戻ると、とたん我に返る、そう、やはりこのアルバムは総じて恋のディテールを生々しく凝縮した、胸に苦しくも心地よ過ぎる劇薬、毒薬であるなどと、言いがかりばかりをほざく、我に。


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