小笠原の現役時代を振り返る② | み~のふわふわ生活

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前年の後半戦でレギュラーを掴みかけて迎えた2000年のシーズン、フロントも小笠原世代を積極的に使っていきやすいチーム編成へと動きました。

同じポジションの阿部を放出し、ボランチでもリカルドが抜けたところにブラジル人を連れてこなかった。

さらに若手の抜擢に定評のあるトニーニョ・セレーゾが監督就任(この時点ではどんな監督なのか全く知りませんでしたが汗

開幕戦で先発起用された小笠原、中田浩二はきっちりレギュラーに定着していく。

1stステージは衰えきっていた元ブラジル代表ベベットを無理やり起用することで低空飛行をしてしまうが、その重しがとれた2ndステージは快進撃を続け、見事にステージ優勝クラッカー

そして迎えたマリノスとのCS第2戦では、小笠原が中村俊輔の横パスをカットして一気にカウンターから鈴木の先制ゴールなどもあり優勝クラッカー

ナビスコ杯も優勝していたため三冠のかかった清水との天皇杯決勝では、延長戦でビスマルクからの浮き球のパスをボレーで決めてⅤゴールクラッカー

さらにはゴール前でファールがあってレフリーがプレーを止めていないことを確認するや、壁を作ろうと指示を出すGKを嘲笑うようなシュートで先制点を決めた。

Ⅴゴールのボレーよりもこちらの方が小笠原らしさを感じるかもしれない。

清水の選手は猛抗議をするが、ルールにのっとっているので問題は無い(あるとすればレフリーの判断でしょうが)。

しかし、鹿島の2点目となったシーン、清水ゴール前で市川が頭を押さえて倒れていてオフサイドがとれず、小笠原のパスから鈴木隆行がゴールした場面について某評論家がネチネチ小笠原批判をしたことでその後体調を崩すという事件もうーん(体調を崩したこととの因果関係ははっきりしませんが、当時はサポーターの間ではあの評論家許さんって雰囲気があった)

パスを出さずにピッチの外に蹴り出すのが紳士のスポーツであるサッカーだ、って主張だったが、その前に清水の選手がプレーを切る機会があったのにボールが鹿島側に渡った途端に外に出せってどういうことえーって思ったものである。

とまあ、最後にいろいろあったものの、レギュラー定着したシーズンでいきなり三冠制覇の原動力となる華々しい活躍を見せたのだった。

 

またも続くあせる