昨日の発達障害勉強会は、アスペルガー症候群について。
おもに寝屋川の教職員殺傷事件の犯人少年について説明されたビデオを見た。
重く、苦しかった。
彼はずっと「被害者」だった。
いじめられていたのに教師が助けてくれなかったということが、
ずっとずっと忘れられなかった。
わたしはアスペルガーではないけれど、共感してしまった。
涙が出そうになった。
だってわたしも同じように、どうしても悔しくて忘れられない記憶があるから。
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中学2年の3泊4日のスキー教室。
楽しいはずのみんなとの宿泊行事。
最終日の朝食が終わり、食堂でいつものように全員そろって「ごちそうさまでした」を言う。
きちんとそろわないと、何度でもやり直しをさせられる。
学年全員(8クラス)の前に立ち、指揮している教師は、1年生のとき担任だったN部。
わたしは彼に目をつけられている。
1年生のときはよく、顔をひっぱたかれたなー。
そのときも、最初はおしゃべりしたり笑っている子が多かったので「やり直し!!」と言われた。
2回目。
何度もやり直しはめんどうなので、ちゃんと「ごちそうさまでした」をした。
大きな声で言った。
その瞬間。
「水野ーっ!!!」
N部の怒声。
わたしは何が起きたのかわかんない。
周りの友達も、わかんない、って顔。
とにかく、前へ出ろと言われたので前へ出た。
そしたらそこで正座しろと。
はぁぁぁ???
「なんでですか?」
って言ったけど、聞いてもらえなかった。
わたしはみんなの前で正座した。
「ごちそうさまでした」が終わり、片づけが始まると、何人かの友達がN部に
「水野さんはちゃんとやってましたよ」と言いに来てくれていたが、
N部は「おじぎができていなかった」とか言っていた。
おじぎをしてない子なんて、いっぱいいたぞ!?
わたしは見せしめにされた。
屈辱的だった。
泣きたかった。というより、その場から消えてしまいたかった。
当時はおとなしく目立たない子だったので、そんなコトで目立つのが
何ものにも耐えがたい苦痛だったのだ。
その場での自殺まで考えたほどだ。
結局、その日のスキーは「おなかが痛い」と言ってサボった。
それがわたしの精一杯の反抗だった。
でもその日からわたしはN部を心底憎むようになってしまった。
それまでも嫌いだったけれど、その比ではない。
「どうやって殺してやろうか。」と考えるようになった。
それほど、思春期のわたしは傷ついてしまったのだ。
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まぁわたしのコトは余談だけれど・・・
わたしはアスペルガーやの診断は受けていないけれど、
(広汎性発達障害の診断は一度受けたことがある)
やっぱりわたしも多少は「忘れられない脳」を持っているのかな。
くだらない(と他人が思うであろう)コトなんかを覚えていて引きずっていたりするから。
昨日はそのビデオを観賞したあとに、
忘れられない怒りの記憶のコントロール法について話し合った。
いくつか方法が出されて、それぞれ納得がいった。
わたしは、怒りを紙に書き出し、燃やしたりする方法を試してみたい。
あと、藁人形なんかもかなり効果が高い気がする。
でも藁人形は他人が見ていないところでやろうね(笑)