私は大きな薔薇に囲まれた洋館の女主人にお仕えしている。

ご主人様は優しくて私にいつも新しい服を作ってくださる。

その服の上に白いエプロンを付けて身の周りのお世話をする。

ご主人様はいつも

「貴女が一番長く働いてくれているわね。私が若い頃から貴女は変わらず尽くしてくれる」

ご主人さまは最近、ご自分に老いを感じていらっしゃる。

とても美しかった顔にも少しだけ陰りが出てきたからだ。

それでも、自慢の黒髪を結い上げ赤や黒のドレスを着た姿は何にも増して美しかった。

黒い髪に大きな黒い瞳。

比べて私は金髪でくせっ毛の青い瞳。

背が高いご主人様に比べ10歳の子供くらいの身長しかない。

ご主人さまはそこが愛らしいのといつも言ってくださるのだが。

ああ、時計が鳴ったわ。ご主人様のお風呂の用意をしなきゃ。

「今日は特別なあれにして」

はい、軽く会釈をし用意に取り掛かる。

庭に出ると最近お屋敷に来た庭師の男がいた。

茶色の髪、茶色の目、着古し破れた箇所の目立つ服。決して裕福な家の者ではないのだろう。

私は男に薔薇の花を屋敷内に持ってくるよう指示をした。

しばらく待つと男が大量の薔薇の花を運んできた。指示通り茎を切り落とし花だけにしてある。

赤が一番ご主人さまのお好みの色。あとはピンクや白やオレンジ、黄色。色とりどりでとても綺麗。

屋敷の中はいつもこの薔薇の香りでいっぱいだ。

でもまるで薔薇は首のようにも見えるけど。

これを浴槽に浮かべるのが常なのだが今日は特別だ。

私は庭師に屋敷の奥の部屋に行くよう命じた。男の足取りは重く、その眼孔に生気はなかった。

大きな重い扉を開く。

中は闇。すすり泣く若い女の声だけが聞こえてくる。

庭師が遠くの町から連れてきた身寄りのないという若い女。

私は庭師の方を見た。それが合図だからだ。

庭師は私の視線に気づくと部屋にあった斧に手をかけた。

女の顔が一瞬にして強張る。恐怖に声も出ないのだろう。

庭師が両手で部屋の扉を閉めた。

私はそのまま浴室へと向かった。

しばらくして庭師が薔薇の入った手押し車を押してきた。

薔薇の他に入っているものをこぼさないよう、慎重に押している。

相変わらず生気のない顔だが。

無理もない、私はそう心の中で呟いた。

今までの庭師もみんな、この男のようになってしまったからだ。

この庭師もそろそろ終わりかしら。

綺麗に掃除した白い猫足のバスタブに、庭師の持ってきた薔薇の入った箱の中身を流し込む。

赤い液体が飛び散って白いバスタブは赤に染まる。白い薔薇も赤に染まる。

専用の棒で浴槽をかき混ぜると陶器の浴槽の壁がカチャカチャと音を立てる。

赤い液体と一緒にバスタブに入れられた塊たちをよく見て?

それは何だと思う?

これは新鮮な採れたての栄養分なのよ。

ご主人様はその赤い浴槽にゆっくりと足を入れる。

色々な塊が入っているから足元には気をつけて頂くよういつも声をかける。

若い女のエキス、栄養分がご主人様の肌を蘇らせるのだとご主人さまは言う。

あら嫌だ、ちゃんとかき混ぜたのに浮き上がってきたわ。そんなに恨めしそうにこちらを見ないでね。

目玉だけになってもわかるのかしら。

あら、茶色の長い髪と腕も浮いてきたわ。

あの庭師、ちゃんと指示通りにしたのかしら?今度はもっと小さくしてと言わなくちゃ。

私は棒を片手に浴槽の横に立っていた。

その時だった、浴槽の扉が乱暴に開けられ大きな反響音が屋敷に響いた。

驚いた私が見たものはあの庭師。

手には血の付いた斧を持っている。

口元は微かに何か呪文のようなものを唱えていた。

ご主人さまが危ないと直感して慌てて浴槽の前に立ちはだかるが私は無力だった。

庭師の振り上げた斧が胸に振り下ろされた。

私は持っていた棒を放り出し床に倒れた。

そして首だけを動かしご主人さまを見た。

「守れなくてごめんなさい」

ご主人様は庭師の振り上げた斧で頭を割られた。

赤い液体と赤い物体が頭から流れ出て、綺麗だった顔は半分になってしまった。

綺麗な黒目は白目だけとなり血の色に染まった。

赤い浴槽の中身がぶちまけられて床まで一面赤になった。

庭師の男は力が抜けたようにその場に膝をつき、下を向いている。

私は起き上がると男の持っていた斧を両手で持ち上げ思い切り横に振った。

男の首に斧が刺さり、そのまま男は床に崩れ落ちていった。

私は浴槽を出て自分の部屋へ戻った。

服の胸が破れてしまったから、着替えなくてはならない。

ご主人様が作ってくれた綺麗なドレスと白いエプロンを付けてお屋敷の中で働くのが私の仕事。

私は子供のいなかった先代のご主人さまが人形師に作らせた人形。だから歳もとらないの。

さあ、薔薇の手入れをしなくっちゃ。

このお屋敷には薔薇がなくてはならないもの。

次のご主人様が来るまでに綺麗に花を咲かせておかなくちゃ。