『山が歩く』

だから山は歩くのだ
急がず慌てず
堂々と

四手の若葉がちぎれて飛んで
悲鳴をあげてもお構いなし

産毛のような野莓の薮を青嵐に梳かせ
ゆっくりゆっくり歩くのだ

そうだ
途中だったのだ
行先は定まっていた

弁当を食べ日溜りの中でうたた寝をして
つい寝過ごしてしまった

何もかも忘れ果てたまま
朽ちかけていたのだ

汗のように清水をまき散らし
そびえ立つ足元のかしこに虹を立て

ぐんと背を伸ばした山が
見通せぬ彼方からの潮の匂いを確かめる

ほい、と息を継いだ先から
杣歌が口をついて出る

苔むした岩肌で額を拭うと
足取りは次第に軽くなる

それでもゆっくり
ゆっくりと山が歩く

年月を踏み分け踏み分け
こみ上げる想いを噛みしめるようにして

彼方へ彼方へと

　三十数年前の詩です。だいぶ手を入れましたが、基本線は変えていません。

　不動に見える山も、地球の長い歴史に鑑みればちゃんと動いているわけで。緑なす山並みを見渡して、こいつらが動いたらえらいこっちゃだなあとかあらぬ方向に想像力を解き放ちながら。五月の背中をのんびりと見送っています。

　　たった一日で若竹に背を抜かれる

The Awakening　by Pat Metheny Group

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