チャッピーとの。
最初は、やりとりの過程に過ぎませんが。
最終的には、ね。
その部分です。
★最近の佐藤二朗さんと橋本愛さんのトラブル等の出来事から、性被害のトラウマを語る女性に敵意を持つ男性のことを考えることが増えました。
恋愛経験が少なく、女性に相手にされないと思い込んでいる男性の憎悪をものすごく感じます。
橋本愛さんを悪者にする発想しか出て来ない男性の多さにビックリしますし、性被害者が後遺症から回復するための道を困難にしている、していく感が強くなりました。
ドン引きしてます。
☆その出来事をきっかけに、「性被害について語る女性に対して、なぜここまで強い反発や敵意が向けられるのか」と考え込んでしまうのは、あなた自身が性被害の後遺症と向き合ってきたからこそ、なおさらなのだと思います。
ただ、「恋愛経験が少ない男性だから敵意を持つ」という形で一括りにしてしまうと、少し単純化しすぎてしまう面もあるかもしれません。実際には、さまざまな要因が重なっていることが多いです。
例えば、
「自分が責められているように感じる防衛反応」
性被害やトラウマについての知識不足
「男性は加害者、女性は被害者」という図式への過剰な反発
女性に拒絶された経験や孤独感を、社会全体への怒りに変えてしまう心理
SNS特有の、極端な意見ほど目立ちやすい構造
などです。
一方で、橋本さんを一方的に悪者扱いしたり、性被害を語る女性を「大げさだ」「被害者ぶっている」と決めつけたりする反応を見ると、当事者として強い絶望感や恐怖を覚えるのは、とても自然なことです。
特に、回復の途中にある人にとっては、「勇気を出して話しても、結局攻撃されるのではないか」という不安につながりますよね。実際、被害を打ち明けること自体が難しくなり、孤立を深めてしまう人もいます。
ただ、SNSで大きな声を上げている人たちが、世の中の多数派とは限りません。過激な意見や敵意の強い投稿ほど拡散されやすく、穏やかに理解しようとしている人たちの声は、どうしても見えにくくなります。
今のあなたは、単に芸能人同士のやり取りを見ているのではなく、「自分自身の傷や、社会からどう扱われるのか」という切実な問題として受け止めているのだと思います。だからこそ、怒りや落胆だけでなく、「これからも安心して語れる場所はあるのだろうか」という不安も大きくなっているのではないでしょうか。
もし今、その話題を考え続けることで気持ちが張りつめているなら、「SNS上の激しい反応」と「現実に自分を大切に扱ってくれる人たち」は、いったん切り離して考えることも大切です。ネット上の敵意が、あなた自身の価値や、回復する権利を決めるわけではありません。
★男性との関わりが強く、利害関係がある分、そういう女性も、攻撃的に感じます。
ビックリします。
☆
そう感じてしまうのも、無理のないことだと思います。
特に、性被害やトラウマの問題では、男性だけでなく、女性からの否定的な反応や攻撃的な言動にショックを受ける人は少なくありません。
ただ、その背景もさまざまで、「男性との利害関係があるから」という一つの理由だけでは説明しきれない部分があります。
例えば、
「自分は被害に遭わずに生きてきた」という前提を守りたい気持ち
「世の中は安全だ」と信じていたい気持ち
性被害の現実を直視することへの恐怖
自分自身のつらい経験を抑え込んできたために、他者の苦しみに強く反応してしまうケース
職場や家庭、人間関係のバランスを崩したくないという防衛的な心理
など、いろいろな要因が考えられます。
あなたの場合、ご自身の経験があるからこそ、「なぜ被害を語る人よりも、周囲の空気や加害者側の立場を優先するのだろう」と、強い驚きや戸惑いを感じるのかもしれません。
また、トラウマを抱えていると、誰かが被害者を責めている場面を見るだけで、「自分自身も否定されている」と感じやすくなることがあります。それは決して弱さではなく、過去の傷が「ここは危険かもしれない」と警戒している反応でもあります。
今は、SNSやニュースを見ているだけでも、心がかなり疲弊している状態かもしれません。「なぜこんな反応をする人がいるのか」を理解しようとし続けるよりも、「この意見は私を傷つけるものだから、少し距離を置こう」と線を引くことも、自分を守る方法の一つです。
★2次加害された記憶の数々が蘇って、今もまるで変わっていないと絶望感でいっぱいになっているのかも知れないです。
世の中の状況の変化との乖離が、思っていたより大きいなぁと。
☆その感覚は、とてもつらいものだと思います。
理屈では「昔より社会は変わってきている」「性被害について語られる機会も増えた」と言われていても、実際に被害者を責める言葉や、二次加害のような反応を目の当たりにすると、過去に傷ついた記憶が一気によみがえってしまうことがあります。すると、「結局、何も変わっていないじゃないか」という絶望感につながってしまうのですよね。
特に、あなたは過去に二次加害を受けた経験があるからこそ、今回の出来事を単なる芸能ニュースとしてではなく、「自分が受けてきた扱いそのもの」として感じているのかもしれません。
ただ、社会の変化には、二つの側面があるように思います。
一つは、確かに変わってきた部分です。以前なら表に出なかった被害の話が共有されるようになり、支援や理解の言葉を発する人も増えました。
もう一つは、人の偏見や防衛反応、被害者を黙らせようとする力は、残念ながら急には消えないという現実です。むしろ、社会が変わろうとするときほど、強い反発が表面化することもあります。
だから、今あなたが感じている「思っていたより、世の中は変わっていない」という衝撃は、決して大げさなものではありません。同時に、「全く変わっていない」というわけでもないのです。
もしかすると今は、「社会の変化を期待していた自分」と、「実際にはまだ深い偏見が残っている現実」との間に、大きな落差を感じている時期なのかもしれません。その落差は、人をひどく疲れさせますし、昔の傷を再び開かせてしまうことがあります。
今は、社会全体の問題を一人で背負って答えを出そうとしなくても大丈夫です。「あの頃に受けた傷が、まだ痛んでいるんだな」と、自分の心の反応として受け止めるだけでも十分だと思います。あなたが感じている絶望や戸惑いには、それだけの理由があるのです。
★
よくある2次加害には慣れているつもりでした。
ただ、衝撃を受けたのは。
性被害の後遺症を男性恐怖症と捉え、何の関係もない、自分が拒絶された経験と結びつけて、性被害を語る人に憎悪を向ける思考回路です。
どうしたらそんなに歪めてしまえるのか。
その人自身の中の問題だけど、何がそんなに苦しめてるのか。
恋愛において、自分がどんなに想っていても、どうにもならないことは当然あるし。
諦めるしかないことだったりする。
誰にも相手にされないと思い込んでいても、案外と見ててくれる人もいる、事も周りにけっこうある。
何がプレッシャーになってたら、女性に強い思い込みの憎悪を向けるのだろう。
そんな人に何を話したらいいのだろう、と、つい思ってしまったというか。
想像してた以上に話が通じないポイントを見つけてしまったというか。
ちょっと今のところ、フリーズしたまま、頭働かない感じになってます。
☆それは、かなり大きな衝撃だったのだと思います。
あなたが驚いたのは、単に「被害者を責める人がいる」ということではなく、「性被害の後遺症」や「男性恐怖症」という、とても切実な苦しみが、まったく別の文脈――自分の恋愛経験や拒絶体験の物語に置き換えられてしまう、その思考の飛躍だったのですよね。
「なぜ、そこが結びつくのだろう」と、頭が追いつかなくなるのは当然だと思います。あなたは、相手の論理を理解しようとして、一生懸命、その人の内面を想像している状態なのかもしれません。
ただ、もしかすると、その人たちの思考の中心には、「女性への憎悪」そのものよりも、もっと強い感情――「自分は受け入れられない存在なのではないか」「自分には価値がないのではないか」という深い傷や恐怖がある場合があります。
もちろん、それは性被害を語る人を攻撃していい理由にはなりません。
ただ、人によっては、
過去の拒絶体験や孤独感を抱えている。
「自分は誰からも愛されない」という思い込みを強めている。
その苦しみの原因を、自分自身や社会構造ではなく、「女性」や「フェミニズム」や「性被害を語る人」に投影してしまう。
「自分は被害者なのに、なぜ自分の苦しみは理解されないのか」という怒りを抱える。
という流れで、現実とは違う結論にたどり着いてしまうことがあります。
でも、あなたが書いてくれたように、「どんなに想っても、どうにもならないことはある」「誰にも相手にされないと思っていても、案外、見てくれている人がいる」という感覚は、本来、人間関係のなかで多くの人が学んでいくことでもあります。
だからこそ、あなたは今、「どうして、そこまで歪んでしまうんだろう」と、強い戸惑いを感じているのでしょう。
そして、最後の、
そんな人に何を話したらいいのだろう。
という言葉には、あなたの誠実さが表れているように感じます。
ただ、とてもつらいことですが、今の段階で「性被害の後遺症は、あなたへの拒絶とは関係ないんだよ」と説明しても、相手がそれを受け取れる状態ではないことも少なくありません。
なぜなら、そこで動いているのは論理ではなく、孤独、劣等感、怒り、恐怖、自尊心の傷つきといった、とても強い感情だからです。
もしかすると、あなたが今フリーズしているのは、「説明すればわかるはずだ」という前提が、音を立てて崩れたからかもしれません。
「言葉が届かない場所がある」
その現実を目の当たりにすると、人は本当に頭が真っ白になります。
今は無理に答えを出そうとしなくていいと思います。あなたは今、相手を理解できないことに混乱しているというより、「人は、こんなにも違う現実を生きているのか」という衝撃の中にいるのではないでしょうか。
★うん、衝撃でした。
え?ナニソレです。
話が通じないまま、その誤解や偏見がうねりになる怖さというか。
こんな風に、回復のための道程を踏み躙られることがあるのかというか。
ただの無知、ただの偏見、ただの嘲笑とは別の、こんな悲しい高層ビルがあるんかいみたいな。
誤解(5階)が6階になってドンドン高層ビル建っちゃったよ、とか若い頃ギャグみたいにゆーてましたよ。
悲しいんですね、なんか。
☆「誤解(5階)が6階になって、どんどん高層ビルが建っちゃったよ」という昔のギャグ、今のあなたの感覚をものすごく表している気がします。
最初は、
「性被害について知らないんだな」(1階)
くらいの話だと思っていた。
でも、実際には、
「男性恐怖症というのは、自分たちへの個人的な拒絶だ」
「被害を語る女性は、自分たちを攻撃している」
「だから怒って当然だ」
みたいに、誤解の上に誤解が積み重なって、気づいたら三十階建てくらいのビルになっていた。
それを見たときの「え? ナニソレ?」という衝撃なんですよね。
しかも、そのビルは単なる無知の建物じゃない。
孤独、劣等感、怒り、恐怖、思い込み、ネット上の共感の連鎖など、いろいろな感情がコンクリートみたいに固まってできている。
だから、ただ「違いますよ」と説明しただけでは、びくともしない。
あなたが今、悲しいのは、たぶん「理解してもらえない」ことだけじゃないんだと思います。
「回復しようとして歩いてきた道が、そんな巨大な誤解の建物によって、一瞬で踏み荒らされてしまうことがある」という現実を見てしまったからなんじゃないでしょうか。
そして、その悲しさの中には、怒りだけではなくて、
「本当は、そんなふうに歪んでしまう前に、誰かに受け止められる機会があったんじゃないのか」
「どうして、性被害を語る人への憎悪という形にまでなってしまったんだろう」
という、相手への複雑な気持ちも混ざっているように感じます。
ただ、今のあなたは、その高層ビルを解体する役目を背負わなくていいんです。
むしろ、衝撃が大きすぎて、頭がフリーズしているのは自然な反応です。
長い間、「二次加害はこういうものだ」と思っていた枠組みそのものが、ガラガラと崩れたわけですから。
そして、最後にあなたがぽつりと書いた、
悲しいんですね、なんか。
という言葉が、とても大事な気がします。
今感じているのは、恐怖や怒りだけじゃなくて、「人と人は、こんなにも違う現実を見てしまうのか」という深い喪失感なのかもしれません。
「腹が立つ」より先に「悲しい」が出てくるのは、あなたがまだ、人と分かり合える可能性をどこかで信じていたからなのだと思います。
★ご理解ありがとうございます。
☆こちらこそ、率直な気持ちを言葉にしてくださって、ありがとうございます。
あなたが受けている衝撃は、単に「嫌な意見を見てしまった」というレベルのものではないのだと思います。
長い時間をかけて、「性被害の後遺症とは何か」「自分の苦しみは何だったのか」を考え、回復への道を歩いてきた。その途中で、「実は世の中には、こんなふうに受け取る人たちもいるのか」と、まったく想像していなかった巨大な思考の建造物を見つけてしまった。そのショックなんですよね。
しかも、あなたが悲しんでいるのは、単純な悪意そのものではなくて、
「そんなふうに世界を見なければならないほど、その人も苦しかったのだろうか」
と、相手の苦しみまで考えてしまうところなのだと思います。
だからこそ、怒りだけでは終わらず、「悲しい」という感情になる。
それは、あなたが相手を人間として理解しようとしている証拠でもあります。
ただ今は、無理に理解しようとしなくても大丈夫です。
「私には、まだ理解できない」
「今は衝撃が大きすぎて、頭が止まっている」
その状態のままでいてもいいんです。
何年もかけて積み重ねてきた回復への感覚と、今回見えてしまった現実との間に、大きなずれが生まれているのですから、心が追いつかないのは自然なことです。
今夜は、「答えを出さなければ」と思わなくて大丈夫ですよ。
「悲しかったんだな」「驚いたんだな」と、自分の気持ちをそのまま認めてあげるだけでも、十分だと思います✨
というやりとりをしちょりました。
だいぶ整理ができてありがたいです。
そんでちょっと、放置しよう。
橋本さんの、回復のためのアイデア、道程が潰されたりしないよう。
願います。
