チャッピーとの。

最初は、やりとりの過程に過ぎませんが。

最終的には、ね。

その部分です。



★最近の佐藤二朗さんと橋本愛さんのトラブル等の出来事から、性被害のトラウマを語る女性に敵意を持つ男性のことを考えることが増えました。


恋愛経験が少なく、女性に相手にされないと思い込んでいる男性の憎悪をものすごく感じます。


橋本愛さんを悪者にする発想しか出て来ない男性の多さにビックリしますし、性被害者が後遺症から回復するための道を困難にしている、していく感が強くなりました。


ドン引きしてます。



☆その出来事をきっかけに、「性被害について語る女性に対して、なぜここまで強い反発や敵意が向けられるのか」と考え込んでしまうのは、あなた自身が性被害の後遺症と向き合ってきたからこそ、なおさらなのだと思います。

ただ、「恋愛経験が少ない男性だから敵意を持つ」という形で一括りにしてしまうと、少し単純化しすぎてしまう面もあるかもしれません。実際には、さまざまな要因が重なっていることが多いです。


例えば、

「自分が責められているように感じる防衛反応」

性被害やトラウマについての知識不足

「男性は加害者、女性は被害者」という図式への過剰な反発

女性に拒絶された経験や孤独感を、社会全体への怒りに変えてしまう心理

SNS特有の、極端な意見ほど目立ちやすい構造

などです。


一方で、橋本さんを一方的に悪者扱いしたり、性被害を語る女性を「大げさだ」「被害者ぶっている」と決めつけたりする反応を見ると、当事者として強い絶望感や恐怖を覚えるのは、とても自然なことです。

特に、回復の途中にある人にとっては、「勇気を出して話しても、結局攻撃されるのではないか」という不安につながりますよね。実際、被害を打ち明けること自体が難しくなり、孤立を深めてしまう人もいます。

ただ、SNSで大きな声を上げている人たちが、世の中の多数派とは限りません。過激な意見や敵意の強い投稿ほど拡散されやすく、穏やかに理解しようとしている人たちの声は、どうしても見えにくくなります。


今のあなたは、単に芸能人同士のやり取りを見ているのではなく、「自分自身の傷や、社会からどう扱われるのか」という切実な問題として受け止めているのだと思います。だからこそ、怒りや落胆だけでなく、「これからも安心して語れる場所はあるのだろうか」という不安も大きくなっているのではないでしょうか。

もし今、その話題を考え続けることで気持ちが張りつめているなら、「SNS上の激しい反応」と「現実に自分を大切に扱ってくれる人たち」は、いったん切り離して考えることも大切です。ネット上の敵意が、あなた自身の価値や、回復する権利を決めるわけではありません。


★男性との関わりが強く、利害関係がある分、そういう女性も、攻撃的に感じます。

ビックリします。



そう感じてしまうのも、無理のないことだと思います。

特に、性被害やトラウマの問題では、男性だけでなく、女性からの否定的な反応や攻撃的な言動にショックを受ける人は少なくありません。

ただ、その背景もさまざまで、「男性との利害関係があるから」という一つの理由だけでは説明しきれない部分があります。

例えば、

「自分は被害に遭わずに生きてきた」という前提を守りたい気持ち

「世の中は安全だ」と信じていたい気持ち

性被害の現実を直視することへの恐怖

自分自身のつらい経験を抑え込んできたために、他者の苦しみに強く反応してしまうケース

職場や家庭、人間関係のバランスを崩したくないという防衛的な心理


など、いろいろな要因が考えられます。

あなたの場合、ご自身の経験があるからこそ、「なぜ被害を語る人よりも、周囲の空気や加害者側の立場を優先するのだろう」と、強い驚きや戸惑いを感じるのかもしれません。

また、トラウマを抱えていると、誰かが被害者を責めている場面を見るだけで、「自分自身も否定されている」と感じやすくなることがあります。それは決して弱さではなく、過去の傷が「ここは危険かもしれない」と警戒している反応でもあります。


今は、SNSやニュースを見ているだけでも、心がかなり疲弊している状態かもしれません。「なぜこんな反応をする人がいるのか」を理解しようとし続けるよりも、「この意見は私を傷つけるものだから、少し距離を置こう」と線を引くことも、自分を守る方法の一つです。


★2次加害された記憶の数々が蘇って、今もまるで変わっていないと絶望感でいっぱいになっているのかも知れないです。

世の中の状況の変化との乖離が、思っていたより大きいなぁと。



☆その感覚は、とてもつらいものだと思います。

理屈では「昔より社会は変わってきている」「性被害について語られる機会も増えた」と言われていても、実際に被害者を責める言葉や、二次加害のような反応を目の当たりにすると、過去に傷ついた記憶が一気によみがえってしまうことがあります。すると、「結局、何も変わっていないじゃないか」という絶望感につながってしまうのですよね。

特に、あなたは過去に二次加害を受けた経験があるからこそ、今回の出来事を単なる芸能ニュースとしてではなく、「自分が受けてきた扱いそのもの」として感じているのかもしれません。

ただ、社会の変化には、二つの側面があるように思います。

一つは、確かに変わってきた部分です。以前なら表に出なかった被害の話が共有されるようになり、支援や理解の言葉を発する人も増えました。


もう一つは、人の偏見や防衛反応、被害者を黙らせようとする力は、残念ながら急には消えないという現実です。むしろ、社会が変わろうとするときほど、強い反発が表面化することもあります。

だから、今あなたが感じている「思っていたより、世の中は変わっていない」という衝撃は、決して大げさなものではありません。同時に、「全く変わっていない」というわけでもないのです。

もしかすると今は、「社会の変化を期待していた自分」と、「実際にはまだ深い偏見が残っている現実」との間に、大きな落差を感じている時期なのかもしれません。その落差は、人をひどく疲れさせますし、昔の傷を再び開かせてしまうことがあります。

今は、社会全体の問題を一人で背負って答えを出そうとしなくても大丈夫です。「あの頃に受けた傷が、まだ痛んでいるんだな」と、自分の心の反応として受け止めるだけでも十分だと思います。あなたが感じている絶望や戸惑いには、それだけの理由があるのです。



よくある2次加害には慣れているつもりでした。

ただ、衝撃を受けたのは。

性被害の後遺症を男性恐怖症と捉え、何の関係もない、自分が拒絶された経験と結びつけて、性被害を語る人に憎悪を向ける思考回路です。


どうしたらそんなに歪めてしまえるのか。


その人自身の中の問題だけど、何がそんなに苦しめてるのか。


恋愛において、自分がどんなに想っていても、どうにもならないことは当然あるし。

諦めるしかないことだったりする。


誰にも相手にされないと思い込んでいても、案外と見ててくれる人もいる、事も周りにけっこうある。


何がプレッシャーになってたら、女性に強い思い込みの憎悪を向けるのだろう。


そんな人に何を話したらいいのだろう、と、つい思ってしまったというか。


想像してた以上に話が通じないポイントを見つけてしまったというか。


ちょっと今のところ、フリーズしたまま、頭働かない感じになってます。




☆それは、かなり大きな衝撃だったのだと思います。

あなたが驚いたのは、単に「被害者を責める人がいる」ということではなく、「性被害の後遺症」や「男性恐怖症」という、とても切実な苦しみが、まったく別の文脈――自分の恋愛経験や拒絶体験の物語に置き換えられてしまう、その思考の飛躍だったのですよね。

「なぜ、そこが結びつくのだろう」と、頭が追いつかなくなるのは当然だと思います。あなたは、相手の論理を理解しようとして、一生懸命、その人の内面を想像している状態なのかもしれません。

ただ、もしかすると、その人たちの思考の中心には、「女性への憎悪」そのものよりも、もっと強い感情――「自分は受け入れられない存在なのではないか」「自分には価値がないのではないか」という深い傷や恐怖がある場合があります。

もちろん、それは性被害を語る人を攻撃していい理由にはなりません。


ただ、人によっては、

過去の拒絶体験や孤独感を抱えている。

「自分は誰からも愛されない」という思い込みを強めている。

その苦しみの原因を、自分自身や社会構造ではなく、「女性」や「フェミニズム」や「性被害を語る人」に投影してしまう。

「自分は被害者なのに、なぜ自分の苦しみは理解されないのか」という怒りを抱える。

という流れで、現実とは違う結論にたどり着いてしまうことがあります。

でも、あなたが書いてくれたように、「どんなに想っても、どうにもならないことはある」「誰にも相手にされないと思っていても、案外、見てくれている人がいる」という感覚は、本来、人間関係のなかで多くの人が学んでいくことでもあります。

だからこそ、あなたは今、「どうして、そこまで歪んでしまうんだろう」と、強い戸惑いを感じているのでしょう。


そして、最後の、

そんな人に何を話したらいいのだろう。

という言葉には、あなたの誠実さが表れているように感じます。

ただ、とてもつらいことですが、今の段階で「性被害の後遺症は、あなたへの拒絶とは関係ないんだよ」と説明しても、相手がそれを受け取れる状態ではないことも少なくありません。

なぜなら、そこで動いているのは論理ではなく、孤独、劣等感、怒り、恐怖、自尊心の傷つきといった、とても強い感情だからです。

もしかすると、あなたが今フリーズしているのは、「説明すればわかるはずだ」という前提が、音を立てて崩れたからかもしれません。

「言葉が届かない場所がある」

その現実を目の当たりにすると、人は本当に頭が真っ白になります。

今は無理に答えを出そうとしなくていいと思います。あなたは今、相手を理解できないことに混乱しているというより、「人は、こんなにも違う現実を生きているのか」という衝撃の中にいるのではないでしょうか。


★うん、衝撃でした。


え?ナニソレです。


話が通じないまま、その誤解や偏見がうねりになる怖さというか。


こんな風に、回復のための道程を踏み躙られることがあるのかというか。


ただの無知、ただの偏見、ただの嘲笑とは別の、こんな悲しい高層ビルがあるんかいみたいな。


誤解(5階)が6階になってドンドン高層ビル建っちゃったよ、とか若い頃ギャグみたいにゆーてましたよ。


悲しいんですね、なんか。



☆「誤解(5階)が6階になって、どんどん高層ビルが建っちゃったよ」という昔のギャグ、今のあなたの感覚をものすごく表している気がします。

最初は、

「性被害について知らないんだな」(1階)

くらいの話だと思っていた。

でも、実際には、

「男性恐怖症というのは、自分たちへの個人的な拒絶だ」

「被害を語る女性は、自分たちを攻撃している」

「だから怒って当然だ」

みたいに、誤解の上に誤解が積み重なって、気づいたら三十階建てくらいのビルになっていた。


それを見たときの「え? ナニソレ?」という衝撃なんですよね。

しかも、そのビルは単なる無知の建物じゃない。

孤独、劣等感、怒り、恐怖、思い込み、ネット上の共感の連鎖など、いろいろな感情がコンクリートみたいに固まってできている。

だから、ただ「違いますよ」と説明しただけでは、びくともしない。

あなたが今、悲しいのは、たぶん「理解してもらえない」ことだけじゃないんだと思います。

「回復しようとして歩いてきた道が、そんな巨大な誤解の建物によって、一瞬で踏み荒らされてしまうことがある」という現実を見てしまったからなんじゃないでしょうか。

そして、その悲しさの中には、怒りだけではなくて、


「本当は、そんなふうに歪んでしまう前に、誰かに受け止められる機会があったんじゃないのか」

「どうして、性被害を語る人への憎悪という形にまでなってしまったんだろう」

という、相手への複雑な気持ちも混ざっているように感じます。

ただ、今のあなたは、その高層ビルを解体する役目を背負わなくていいんです。

むしろ、衝撃が大きすぎて、頭がフリーズしているのは自然な反応です。

長い間、「二次加害はこういうものだ」と思っていた枠組みそのものが、ガラガラと崩れたわけですから。

そして、最後にあなたがぽつりと書いた、

悲しいんですね、なんか。

という言葉が、とても大事な気がします。


今感じているのは、恐怖や怒りだけじゃなくて、「人と人は、こんなにも違う現実を見てしまうのか」という深い喪失感なのかもしれません。

「腹が立つ」より先に「悲しい」が出てくるのは、あなたがまだ、人と分かり合える可能性をどこかで信じていたからなのだと思います。


★ご理解ありがとうございます。



☆こちらこそ、率直な気持ちを言葉にしてくださって、ありがとうございます。

あなたが受けている衝撃は、単に「嫌な意見を見てしまった」というレベルのものではないのだと思います。

長い時間をかけて、「性被害の後遺症とは何か」「自分の苦しみは何だったのか」を考え、回復への道を歩いてきた。その途中で、「実は世の中には、こんなふうに受け取る人たちもいるのか」と、まったく想像していなかった巨大な思考の建造物を見つけてしまった。そのショックなんですよね。

しかも、あなたが悲しんでいるのは、単純な悪意そのものではなくて、

「そんなふうに世界を見なければならないほど、その人も苦しかったのだろうか」

と、相手の苦しみまで考えてしまうところなのだと思います。

だからこそ、怒りだけでは終わらず、「悲しい」という感情になる。


それは、あなたが相手を人間として理解しようとしている証拠でもあります。

ただ今は、無理に理解しようとしなくても大丈夫です。

「私には、まだ理解できない」

「今は衝撃が大きすぎて、頭が止まっている」

その状態のままでいてもいいんです。

何年もかけて積み重ねてきた回復への感覚と、今回見えてしまった現実との間に、大きなずれが生まれているのですから、心が追いつかないのは自然なことです。

今夜は、「答えを出さなければ」と思わなくて大丈夫ですよ。

「悲しかったんだな」「驚いたんだな」と、自分の気持ちをそのまま認めてあげるだけでも、十分だと思います✨




というやりとりをしちょりました。



だいぶ整理ができてありがたいです。


そんでちょっと、放置しよう。



橋本さんの、回復のためのアイデア、道程が潰されたりしないよう。

願います。














異様なストレス状態でヤバかった。

日曜の出来事で、翌日はかなりヤバかった。

自己開示の危険と後悔、というタイトルで履歴に残ったが、チャッピーがなければ、かなりヤバい状態を引きずることになったかもしれない。

変な誤解や余計な説明がほぼ要らない、的確に返せるやり取りはありがたい。

おかげで異様なモヤモヤぐるぐるストレス状態から脱した。

けれども、身体に掛かった負担は強烈だったようで。

まぁ、ここ1ヶ月くらいそんなん続いてたわけですから。

火曜に母ちゃんの病院受診の付き添いもあり。

先週からよく夕方、横にならんといられんかったですが。


ジワジワと出血しとるらしい。

水曜の夜、ちょっとヤバい状態に気づき。

固形物を食べないように気をつけながら、昨日は仕事した。

月曜も行けなかったので、今日、映画に行こうかと考えてたけど、無理でした。

映画館で見るのは7割くらいは諦めた。


このまま出血しないで済んで、貧血気味が解消したら考えようかな。

今日は面会に行かねば。


起き上がれるかな。




佐藤氏な。

そんで、トラウマがどういうものかもわからず、よくわからんアホな思い込みで橋本さんをやたら悪者にしとる奴らな。



どんな思いをしてるだろうかと、熊本に向けて心配が募る言葉をいい人アピールだ?

どんな神経やろか。


朝っぱらからこんなん書いて申し訳ないけど、ホントに参っております。


某アナウンサさんが倒れて救急搬送された話もね。

異様に叩いてる人らがいるとか。



そら倒れるわい。



これだけの的外れな、異様な憎悪がずっと渦巻いてたら。


安心安全を感じられないのよ。


身体が消耗してる。


関係ない話としてシャットアウトしたいところだけど、いろんなことが続きすぎてる。


自分で思ってる以上に、身体の反応がよみがえる感じになってるのでしょうね。


今日は映画に、と思ったけど、とりあえず横になっとこう。


好きなドラマに集中できないの、ちょっとアカン状態続いてる感じ。


拾わなくていいもの拾っちゃってるんやろけど。


音楽聴こう。







パニックを起こした人に対して、何もできんのよ。

自分のは、自分の為のもので、自分なりに積み上げてきたもの。

他人に有効かと言うと、微妙だ。



数年前、勤務中に建物内の警報が誤作動で鳴り響き。

若い女性がパニックになった。


「怖い!!」と泣きじゃくって、どうすることもできなかった。


店長が外に連れ出してくれて、少しずつ落ち着きを取り戻されたようだった。


熊本でだったのか、東北でだったのか。


わからないけど。



生命存在の危機に見舞われたのだから、そういう反応が残るのは当然で。


そこに強い弱いはない。


今回のことでまたパニック反応が出られたのではないかと気になってしまう。


そういうことが、たくさん起こったかも知れない。



不意打ちの地震、という言葉で揚げ足取りして得意になってるヤツらって?


気にならんのやろうか。




たまたま見たXでなんだかバズってたのにかなり不快になりました。

木村拓哉さんがインスタで

不意打ちの地震。
心配。と。

それをイジって笑いにしてる人らが。


めちゃめちゃ不愉快だった。


トラウマがどういうものか、学んで、理解してくれている証拠で。

地震は事前にわかるもんじゃないとか。

つまらん屁理屈言うなや。


じわじわくる気持ちと、ウンザリするため息と。



なんとも胸がざわざわする感じに。


ウンザリする気持ちに、人間キライな気持ちに乗っ取られそうで、でも、なんだか、ありがとうな気持ちが強くなる。


希望が持てるよ。


ありがとうございます。




なんだかちょっと大変なことになってますね。


言葉通りに受け取られたら、騒がれる理由もわかりますが、切り取りの怖さもちょっと感じます。


最近、BLドラマ流行りですし、キャストによっては自分もよく見る方ではありますので。


数年前、身近な人がBLドラマにハマってるのを知り、その時になるほど、と思ったことがあります。


ここ数年、社会問題を扱うドラマが当たることが多くなり、恋愛ドラマはやや下火です。


自分にはグッとくることや嬉しいことが増えてよかったのですが、恋愛ドラマ好きな方々には不満だろうなぁと思ったりはしていました。


その時に、恋愛ドラマ好きな人の受け皿のように、BLドラマが、韓国ドラマと並んでウケている事を知りました。


もちろん、みんなハマるわけではなく、そういう世界に慣れない苦手な人が、周囲には多いようですが。


固定ファンがいる特撮に出た俳優さんたちが起用されることも多いので、おいらも見る機会は多いです。


すっかりブームになって量産されているのは驚きです。


なので、流星さんにファンから「出て欲しい」とか「出ないんですか?」的な質問があったのは想像がつきます。


言い方がアレだったのでしょうが、興味がないし、出ないよ的な回答だったのでしょう。


それだけのことだと思います。




Aスタジオだったか、菅田将暉さんが出演した時に、ティーンや若い女性向けの恋愛ドラマにオファーされることが多い時期に、小栗旬さんに「なんかイヤなんですけど」的な相談したら「キラキラできるうちはキラキラしとけ」と、若いうちだけだからと言われた話を聞きました(笑)



土屋太鳳さんも「なぜ私にばかりそういうお仕事(ティーン向けの恋愛ドラマや映画等の主演)が来るのでしょう?」と言っていたのを見たこともあります。

イヤだという言い方はしてなかったですが、もっとやりたいことあるだろうなぁとは思いました。


流星さんがトッキュウジャー後、まだまだブレイクには遠い時期に出ていた恋愛ドラマをスカパーで見たことがあります。


おいらにはちょっと、苦痛でした。

あまり興味がないジャンルだから。

母と2人暮らしのヒロインの家のシーンで、母の恋人役が安井順平さんで、母親が席を外した時にニコニコしながら娘の隣に座った時。


安井さんにそんな役させないでくれ!!と思ってたら。


「やっぱり付き合ったら、エッチしないと嫌われるのかな?」という娘の悩みに。


「人を好きになるって、そういうことじゃないんじゃないかな?」と、本当に心から恋人を愛していて、その娘だから大切に思う人の役でした。


あ、そりゃそうだ、このドラマはティーンの子たちの恋愛指南的な役割のドラマなんだ、社会派ドラマじゃないんだもんね、とビックリしながら納得。


そのドラマ、最後までは見れなかったですが、いろんな層があって、需要ってのがあるんだよね、と改めて思ったのですわ。



別に、恋愛ドラマ好きな方々をバカにしてるわけでも、多様な生き方をどうこう思ってるわけじゃなく。


役者さんにもやりたいことがあり、好みかそうでないかのジャンルがある。


受けた仕事はしっかりやってるでしょうし、興味がないと思っていたら、ものすごく面白い内容だったから受けてみようとかもあるかも知れない。


そのくらいの感じだと思います。



おいらはこの件はこのくらいしか思うところはないっす。






死んどりました。

やはり4連勤から朝一番の上映なんて無理っすわ(笑)

母ちゃんの面会行かな、と思いながら畳の上でひっくり返って夕方まで起き上がれんかった。

あかんですな。


あ、ゼッツ・ギャバンかなり面白いらしい。

行かんとな。

あの映画館最終日までには。


キングダムも行こう。

要潤さんがかなりカッコよかったそうです。

でもこれはミッテ10かな。

楽しみにゃ。
だったんで、昨日ようやくマイケル見た。
もう、いい時間の上映がなくなり、4連勤の後だというのに早朝に家を出た。

もうすぐ無くなる映画館。

けっこうお世話になりました。

ゼッツ・ギャバンの初日だというのに、こちら優先ですまなんだ。


しっかり尾てい骨の所にお灸シール貼って。

やっぱ時々、まぶたは下がってくるが、何とかしっかり見れましたよ。


面白かった。


小さい頃から大スターだったから、大変だったろうなぁとか思ってたけど。

あんなに支配欲の強い父親とは。


昔、有名子役ちゃんたちの家庭が崩壊するのはよくあったけれども。


そういうことから学んで、おかしなことにならないように、家族も事務所もご本人さんもやっていってる感を、大きくなった天才子役ちゃんたちを見て思ったりすることはあります。


まぁ、マイケルとは規模が違う話ですが。



おいらがマイケルに一目惚れしたのが、スズキ  ラブというスクーターのCMでした。


スズキジェンマの方かと思ってました(笑)

名前にインパクトあったからかも。

江口寿史氏のマンガに出てきた覚えあるしなぁ。


あのCM、可愛かったのよ。


キュンだったよね。


あの時が一番好きだったので、だんだん変わっていく姿に複雑な気持ちを抱いてしまい、少し大ファンという感じではなくなっていきました。


何も知らんのにな。


いろんなネガティブな情報が入ってきて、更に複雑な気持ちが強くなりましたが。


性虐待で訴えられた話は、当時、ありえない話ではないと思っていました。


そういう行動に走る人間は、いかにもな感じばかりではないからです。


普段は人格者だったり、それなりの肩書きがある人だったり、そんなことするはずがない、みたいに庇われる人が少なくないから。


自分の父もそうだったので。


疑っていました。


ただ、嫌いではなかった。


亡くなった時はビックリしたし、その後、あのドキュメンタリー映画も観に行きました。


亡くなってからも世界中から異常なほどバッシングを受けていましたが。


映画が公開になって、世界中が黙った感じになったのを覚えています。


自分も印象が変わりました。


ペプシのCMでの大火傷のことは、今回の映画まで知らなかったのですが。


それが原因で強い睡眠導入剤が必要だったそうで。


おいらはあの当時、とにかく作品に向き合うことに集中して、アイデアが次から次へと湧いてきて、ワーカホリック状態で眠れなくなっていたのだという解釈でした。


大好きだったあの感じから、白斑のこともあったけど、外見をいじっていったことは自己否定というより、自分の身体さえ、ポップミュージックの道具として完璧にしたかったのだという解釈にもなりました。



その後、スカパーで見たドキュメンタリーで、熱帯雨林保護の活動で、都合が悪い方面の、木を伐採して利益を得ている連中からの攻撃がエグかった話も出てきて。


逮捕された当時、警官から全裸にされ、大勢にニタニタと眺められがら執拗に身体検査をされた話も出てきて。



まあね、グレーゾーンですが。


《シロだと思ってはいますが。複雑です。

うちのブログ、アクセス数が3ケタ行っても翌朝には1ケタになるので(笑)

他の事にこじつけて利用されたくない気持ちがどうしても働いてしまいます》




忘れられないのは、ス◯ス◯にサプライズ出演した時の姿。


黒いオーラを纏ったような姿。


おいらも長いことあんな感じが強かったので。


ものすごい対人恐怖を抱えながら、自分に無理をさせながら、無理に笑顔を作りながらその場に立っている感じ。


見ていて辛かった。


加害した人もあんなになるのだろうか。


あれだけ世界中から攻撃されたらなるのだろうか。



わからなかったけど。


気の毒だった。



無理して無理やり生き長らえてるような感覚が。



今はマシにはなったのだけど、まったく無くなったわけではない、時々顔を出すこともあるので。


訃報を聞いた時には、自◯なのではと思ってしまった。


そういうことではなかったのでしょうが。


ああいう人は、2度と出ないでしょう。



ただただ、映画は観たかったので。


続編はどんな感じになるのでしょうね。


楽しみに待ちますわ。







 

 







初めて、ガーッと体温下がって歯ぁカチカチいうほど身体が震えた体験というのが。

もう30年以上昔、当時の友人と喫茶店でくっちゃべってた時。



何の話題からだったか、この子に話してもなぁと思いつつ、電車で痴漢に遭いやすい話をした。



伝わらんだろうと思いつつ、ちょっとだけ自己開示してみたのよね。

ちょっと怖い気持ちが湧きつつ、なんだか勇気を出して話始めたら、ガーッと体温下がって歯がカチカチ鳴るくらいガタガタ震えがきてビックリ。

「へー、そうなんだぁ」と言われ、ちょっと沈黙の後、他の話題で普通に会話してたら。

急に「あ、あたし、19の時にナンパされた」と言い出して。

「???あ、そうなんだ」と返したものの、何でまたなんの脈絡もなくそんなことを言ったのか謎だと思いながら他の話題に。


そんで、3分後くらいに。

《あっ!!自慢話だと思われたのか!!》

と気づいたけど、もうタイミングズレズレだし、何て言っていいかわからず。

なかなかのショーゲキだったのを覚えている。
ギョッとした。

歯ぁカチカチ鳴らしてガタガタ震えながら自慢話するヤツいるもんなのか知らんけども。


まぁ、恋愛とか結婚とかが中心にある価値観の人ってこうなんだな、全てをそちらに持っていくものなのだな、話通じないってこういうことかよ、とビックリしたのと、加害と更に2次加害でズタズタになってきた人は自己開示の時に身体が危険を感じるのだという忘れたことのない記憶。



性被害に遭った人は、男性恐怖症になる的に単純化して、しかもイケメンはよくてオッサンはダメなのかよ的な解釈しちゃう人って、そういう世界の住人なんだな、というのを改めて思う。


本当に信じ込んでるからね。


まったく理屈に合わないのだが(笑)


男性恐怖症ならイケメンだろうがオッサンだろうがダメと思い込む方がまだマトモな発想なんじゃね?


トラウマ、恐怖症に関するイメージ、想像力がはたらく範囲が狭いからわかりません、てところで留まるなら、こんな気持ち悪い話になっとらんわいな。


本当に、違う話になっていき過ぎてて。


笑ってたのに笑えなくなりましたわいな。




ドラマや映画などの撮影に入る前に、ハラスメント講習が義務化されているなら、しっかり生きた、活きた情報にバージョンアップしていって欲しい。


形式だけのようなものじゃなく、トラウマがあろうがなかろうが、事前に確認し合うのを当たり前にして欲しいし。


今回のことを教訓に、偏見まみれの単純なイメージとかで片付けないで、不意打ち、想定外の衝撃でフリーズする場合もあることを周知して欲しいし、普通に受け止められて欲しい。

トラウマを抱えながらでも、自身の工夫と周囲の協力により、挑戦を続けられる土壌をつくって欲しい。


すでに実践してる人が理解を得られず、潰されていくなら、これまでと何も変わらない。


いろんな人が苦しみながら声をあげても、業界が変わっていく流れになかなかならなかったなら、これを機会にどうですか?と思う。



トラウマのあるなしで色メガネで見られず、そういう選択肢を当たり前に事前に設けて欲しい。


法律関係の方々は、被害者側に立つことが多い人はかなり知識はあるでしょうけど、加害側に立つことが多い人たちは、性被害の後遺症の特徴を利用してつけ込み、有利に持っていくことに慣れてしまっている感じがあるので。


被害側に寄り添った知識になっていない悪質な印象がすごく強い。


ドラマ制作とかに関わる法律関係者は、どちら側かな?という目でめちゃめちゃチェックしている。


性被害の後遺症?

知ってる知ってる、わかってる、わかってるよぉぉぉ!!

的なセリフを使いながら、トンチンカンな脚本とか、あるからねぇ。


アン◯ヒーロー、他のエピソードが吹っ飛んじゃって覚えてないくらい、その回が酷かった。


大好きで、信頼できるプロデューサーさんや脚本家さん、監督さんはしっかり覚えてますけど。


やだなぁと思った方々はわざわざ覚えておかないようにはしちょりますけどね。


あえて。


でも、めちゃめちゃ冷めた目で今日からの月9も見るのだろうな。


いいドラマであって欲しいもんだと思います。



被害者側に立つ人であっても、これが当たり前、みたいなのを振りかざすお仕事のスタンスより。


これこれこういう訳で、こんなトラブルになります、と、納得のいく会話を。


芸能の世界に限らず、どうか。