銀婚式?!



結婚生活が続いていたら、今日で25年という節目の日(が昨日)。

といっても何もなく、過ぎて行きました。

誰にも話題にすることもせず。



結婚生活は10年ほどで途絶えてしまったので、いつのまにか、その後の年数の方が多くなってしまいました。

思い出が相当なくなっているのを感じるのですが、それに対して感じることがない、というのが切ないことかもしれない矛盾。



ここ数年で、高校時代の部活仲間と同窓会的な集まり方をするようになりました。

そこで話題になるのは思い出話といっても、皆それぞれが持っている思い出話を「持ち寄って」、繋ぎ合わせていく作業。



そうやって、話題にし続けて、お互いに補い合って、思い出って維持していくんだなーと、これまたしみじみと。

生きて会えて会話ができるからこそ。



両親も夫も、亡き今となると、それは薄れていくばかり。

いやアルバムや何かを掘り起こせばいい?・・・それは辛くてできないんですね。

まぁだからしょうがない。



我が子たちの人生を見守り続けることが、記憶のアップデート。

その楽しみがあるだけ、私は幸せなんだな、と本日も思った次第です。








写真はスポーツの日祝日の1人ランチ。

よく行く場所ですが、お天気不安定だったのでしばらく行っておらず、久しぶり。

大好きなふるさと、都心で人生終えられれば十分ですね😌

(ちなみに私の実家はこの向き、にはないのですが)







ブログ全然書いていないですねー

(仕事の方ではnote書いているのですが) 


ということで、前回のブログだったか。

シルバーウィーク連休。

 


今月初めに主宰教室の発表会があったため、レッスンが入ってくることもあって今年の8月はまとまった休みがとれず。

無休1ヶ月以上続いてからの、やっとのお休みでした。

 


台風に翻弄はされましたが、無事に、秋山兄弟・子規3人の、松山から始まった

「坂の上の雲、そのはじまりを歩く」

そんな旅を満喫して帰京しました。

 




「坂の上の雲ミュージアム」では、オープニングテーマを耳にして、また、涙が。

(ドラマ第5話が放映されていました)

でもいったい、何に涙したのだろう。

 


幸い、今は一緒についてきてくれる息子や娘がおり、思い出を積み重ねることができます。

私も幸せなことに、両親とだったり、父とだったり(なぜか母と2人旅はほとんどせず)旅をずいぶんとしてきました。

そんな両親も今はいません。


 

まだまだ訪れてみたい場所は、日本中世界中にあります。

その欲望・・・これからもまだ旅をしていくと思いますが、人間死んでしまえば「旅の思い出」なんてあの世にもっていくことはできない。

ではなんで、旅をする?

 


小説「坂の上の雲」、

大連・旅順、

大河ドラマ、

サラ・ブライトマン「Stand Alone」、

父がいなくなったあとも、私の中に残っています。

 


今は私が、我が子たちと一緒に旅をする。

私自身がいつかいなくなっても、一緒に見た景色や、何気なく話したことが、ほんの少しでも我が子たちの中に残っていくのなら・・・



自分はあの世に「旅の思い出」は持って行けないけれど、一緒にいった人の心の中に、思い出を残すことができる。


 

涙の理由の一つは、こんなことだったかもしれません。


 

とはいえ単に、サラ・ブライトマンの声が感動するだけかも笑。

思い入れが強すぎて自分でも不思議ですけれど。

 

 

 




余談

あるピアノ生徒さんのお母さまが松山出身で、事前に色々な情報をいただくことができました。

三津浜に向かいました。

三津浜といえば、皆がこの地から船出をしていった、まさに始まりの地。

「秋山兄弟の像」の近くにご実家があるそうで、そのあたりの話も。

梅津寺駅が「東京ラブストーリー」のロケ地だったって聞きましたが、「え・・・」記憶がもうない笑

(あんなに見てたのにな・・・リカがハンカチを結んだ駅だって?)

ご当地グルメ「三津浜焼き」をたらふく食べて満足でした。

 

 

 


先週、父の命日を迎えました。
亡くなって丸5年になります。



私は昔から歴史が好きでした。
中学生の頃には大河ドラマを見ていた記憶があります。
思えば、そのきっかけには歴史好きの父の影響もあったのだと思います。



父に「歴史上で誰が好き?」と聞いたことがあります。
その時、父は「秋山兄弟」と答えました。
当時の私は「誰だろう?」と思っただけでした。
振り返れば、その頃は司馬遼太郎『坂の上の雲』が新聞で再掲載されていた時期だったのかも。
もともと歴史好きだった父ですから、きっとこの作品にも興味を持っていたのだと思います。



結婚前、おそらく2000年のお正月だったと思います。
私は父が好きだと言っていた『坂の上の雲』を急いで読み、父を誘って大連・旅順へ二人旅をしました。
父は海外旅行には慣れていて、ずいぶんと連れて行ってもらいましたが、父自身大連や旅順を訪れるのは初めてだったと思います。



二〇三高地にも立ちました。
寒かったことは覚えています。
そして歴史を感じる重苦しさ。
今では、当時の細かい街の風景や旅行の記憶は、少しずつ薄れてしまっていて、そのことがどこか切なくもあるのですが、不思議と重苦しいだけの記憶ではありません。
父と二人で同じ景色を見た時間として、今も心に残っています。



その後、結婚してからNHKで『坂の上の雲』のドラマが始まりました。
通常の大河ドラマが12月に終わり、翌年1月から新しい作品が始まる、その間の時期に放送されるという、3年越しの大きな企画でした。



小説冒頭の、
「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている。」
という一文、からの、
久石譲の音楽に乗せたサラ・ブライトマンの「Stand Alone」。
初めて聴いた時の衝撃は、今でも忘れられません。
切なく、美しく、何度聴いても涙が出てきます。
私にとって特別な一曲です。



そんな中、今年、発表会で小学5年生の生徒さんが「Stand Alone」を弾きたいと言い出しました。
家族でドラマを見始めたことがきっかけで興味を持ったそうです。
「だんだん話が難しくなってきて、ついていけなくなって……」と苦笑いのお母さま。
5年生というと、ちょうど歴史に興味を持ち始める時期なのかもしれません。



普段は忘れていることのほうが多いのですが、音楽というものは不思議ですね。
一瞬でその頃の景色や気持ちを連れてきてくれます。

その出来事がきっかけとなり、私はまた、図書館で『坂の上の雲』を借りて読み始めました。
幾度かの引っ越しで文庫本は手放してしまいましたが、久しぶりにページをめくっています。
全8巻という相当なボリューム……今は2巻目です。
ページをめくるたびに、父との旅や、「秋山兄弟が好き」と話していたことを思い出します。



父ともう一度、『坂の上の雲』について話したい。
「あの旅、覚えている?」
「どうして秋山兄弟が好きだったの?」
そんなことを聞いてみたい。
そして、歴史の面白さを教えてくれた父に、「ありがとう」と伝えたい。



一曲の音楽が、忘れていた記憶や大切な人との時間を再びつないでくれる。
いやぁ……毎度のことながら、音楽の力ってすごいですね。